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都市河川、鶴見川を下る


 鶴見川は多摩丘陵を流れ下る。その源流は町田市上小山田町にある大沢峠中腹の田中谷戸の小さな泉から発している。多摩丘陵の地下水だ。鶴見川は大部分を神奈川県内を流れる都市河川だが、その源流が東京都側に属しているとは面白い。かつての水争いによる行政区域の変更でこのような結果になったのだろう。

 源流には「泉ひろば」(1995年5月オープン)が設けられ、ボランティアが管理している。ここでは泉がこんこんと湧き出ている。ニュータウンの尾根幹線からはかなりの落差があり、地下水が相当豊富のようだ。泉には藻が生えており、周囲は白梅が数本、ヤマブキ、ナンテン、カシなどが植えられ、ウッドデッキも作られている(写真…鶴見川の源流泉)。



 1日約1,300トンの地下水は流域の水を集めつつ、全長42.5キロを流れ下り、横浜の京浜運河に至る。ベイブリッジとは目と鼻の先だ。流域面積は235平方キロで、流域人口は184万人だ。
 源流小山田の北側は多摩ニュータウンで、小高い尾根の向こうは多摩川の支流、乞田川の流域に属する。町田市の丘陵部から発した鶴見川は、図師、小野路を流れ、小野路川を合流し、稲城市からの流れや川崎市麻生区で真光寺川の流れを受け入れ、さらにいずれも左岸からの麻生川、真福寺川、早野川、黒須田川を合流する。

 横浜市青葉区では「寺家ふるさと村」の東を流れ、東名高速の横浜青葉インターをかすめて東に進み、新幹線の「新横浜駅」の手前で横浜国際総合競技場(横浜スタジアム)を南に見て、右岸の鳥山川を合流し、北上して港北区に入る。右岸を行く場合は、巨大な工事中の遊水池を迂回して、信号「多目的遊水池」(47.5km)に出る。目の前に横浜スダジアムのドームが鈍く輝いている。

 この場合、新横浜大橋を左岸に渡り、早淵川と合流し、綱島で新幹線を通し、川崎市幸区との境界で矢上川を受け入れ、南に向きを変える。
 国道「第二京浜」(国道1号線)を渡したあたりでは、鶴見川と多摩川は最も接近する。その距離、2キロ半もない。ここから多摩川に行く場合は、下流から5キロのキロポストの地点で左岸堤防下の県道140号に降りて、道沿いに尻手駅を抜けて川崎駅西口に向い、そのまま東に直進すれば府中街道の交差点「堀川町」に出られる。ここから北上して一つ先の「幸歩道橋」から多摩川沿いのサイクリング道路に入ることができる(2004/9/17走行)。

 鶴見川はほどなくJR東海道本線、京浜東北線、横須賀線、京浜急行、第一京浜などの陸上の交通動脈を次々と渡し、横浜港の工業地帯に向う。川は最後に川崎側の公害で有名な産業道路(鶴見大橋)と横羽線を渡して、埋め立て地の工場群を両岸にみて鶴見区大黒町で京浜運河にそそぐ。



 鶴見川はこのように源流部のごく一部を除いて、ほぼ市街地を流れている典型的な都市河川だ。数年前、この川にもアザラシの「タマちゃん」も姿を見せたが、多摩地域と横浜、そして川崎の市街地に貴重な自然環境空間を与え続けている川でもある(写真…鶴見川に迷い込んだ大型の珍鳥)。

 2003年から翌年の春にかけて、この川を自転車で下る可能性について何度か調べてみた。まず2003年10月17日と31日に、源流部から河口まで自転車で下ってみた。源流部はもちろんサイクリング道路など整備されていない。整備されているのは7キロほど下った町田市野津田の「参道橋」あたりからで、ここからはサイクリング道路があったり、ダートになったりで、サイクリング道路は途切れ途切れだ。
 場合によっては川岸の上を通過したり、コンクリートの防潮堤を自転車ごと引き上げるといったこともないことはないが…。しかしなんとか河口に最も近い「鶴見大橋」まで行ける。「鶴見大橋」から河口付近は、川岸に道というものがない。すべて造船所や倉庫群、様々な工場が川岸を占有している。こんなありさまで、河口部は東電(右岸)と東芝(左岸)がおさえており、立ち入ることはできない。河口は企業のものなのだ。

 したがって、河口方面に行くためには、産業道路を利用するしかない。産業道路を横羽線を歩道橋でまたぎ、直進して京浜運河の大黒橋(67.6km)に至る。

 ここから橋の左手方向に東電の火力発電所が見え、鶴見川を占有している様子が確認できる。対岸も東芝が同じく占有している。鶴見川が京浜運河にそそいでいる様子はしかと見えない。東芝の敷地の南西の角が確認できるので、そのあたりが河口だろう。京浜運河の対岸は大黒埠頭で、おびただしい数のクルマ、クルマ…、トラックのシャーシが並んでおり、折しもコンテナ船がタグボートに船腹を押されて埠頭に着岸しようとしていた。やがてクルマの船積みが始まるのだろう。どこに輸出されるのか(写真…大黒橋から見た輸出車のヤード)。日本経済の一断面を垣間見たわけだ。横浜ベイブリッジ着(68.6km)。「みなとみらい」が手に取るように見える。(2004年2月20日)

 実際に走ってみて、鶴見川のサイクリングロードの整備は決して十分な状態ではないことがわかったが、これに関して自治体や国土交通省では整備計画をもっているようだ。まず、横浜市の青葉区・都筑区・緑区・港北区・鶴見区の5区が鶴見川流域環境整備構想をまとめている。これにはサイクリングロード整備以外にも、ビオトープなど流域環境の整備も含むかなり本格的なものだ。そしてこの構想を国土交通省京浜河川事務所で策定中の「鶴見川水マスタープラン」に反映させるという。その鶴見川水マスタープランは災害対策なども含む総合的なもので、その策定もさることながら、プランの着手や実施までには相当の年月と予算がともなうものと予想される。当分の間、待ってラチがあくというようなものではない。

 中流部で特筆できるのは、都市河川に特有の鶴見川を渡る一般道の橋の下にサイクリング道路を通し、立体交差としていることだ。このお陰で、いちいち信号待ちをしたり、クルマを気にしながら一般道を横断する必要がなく中流部のサイクリングはノンストップで快適だ。



 鶴見川の「鶴見」なる地名には、諸説がある。窪地や水たまりの多い下流の沖積地にツルが生息していたところから生まれたとう説。
 東海道の川崎宿と神奈川宿との間の釣海村の釣海橋付近にたくさんのツルがいたので徳川家康が江戸入国の折にこれを見て名を変えよと言ったとか。
 あるいは、川のよどみ「とろ(瀞)み(水)」から「つるみ」へ変化したという地形説、などがあるらしい。すでに鎌倉時代から「鶴見」という地名が文献で確認されている。いずれもこの川の下流部の情景や特長による命名なのだ。

 しかし今日、このように美しい名前の川が、その下流部においてツルに象徴される自然をとっくの昔に喪失し、川崎と横浜の中間という最も都市化した人工的な環境のなかで、その流れを終えるというのは、なんとも悲しいことではないか。迷い込んだアザラシの「タマちゃん」に寄せる人々の願いは、自然回帰にあるのだろう。


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