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トルコを走る


   シルクロードに沿って



    ヒッタイト遺跡からスタート

 「シルクロード雑学大学(歴史探検隊)」の第17次遠征「イスタンブル探訪隊」(メンバー15人)はトルコ中部のやや東にあるヒッタイト遺跡をかかえるボアズカレ村をスタートした(2009年9月13日)。
 隊列の先頭を伴走バスが走る。バスは車体の前後に「注意!サイクリングツアー」とトルコ語で書かれた幕をつけている。隊列の最後尾はメンバーの荷物や自転車を運ぶクルド人ドライバーのトラックがつくので、サイクリストは2台の車両にはさまれて走る。

 主なルートはトルコ中央部を真西に進み、首都アンカラから北西に転じてボルを経由して、黒海沿岸のアクチャコジャ、そして真西に向かってボスポラス海峡を渡ってイスタンブルへ。次いでマルマラ海に沿ってさらに西へ、北西に転じてブルガリアとの国境までの約900キロだ。
 走るところは有料高速道路を除く一般のクルマと同じ、いわゆる路肩を走る。路肩は日本に比べて相当に広い。ガイドたちは安全を優先して、車道にはみ出すなとうるさい。途中から、トルコ軍や警察のパトカーが伴走してくれ、隊列が彼らの管轄区域を通過すると、次々と引き継がれて行く。どうもガイドが安全なサイクリングのために特別申請してガード兼ガイドをしてもらっているようだ。




   トルコの自然と農業

 トルコの道路はあちこちで拡幅や舗装など道路改良工事がやられていて、かなり埃っぽい場所も多かったが経済的発展の証なのだろう。地形的には丘陵地帯の緩やかなアップダウンが続き、スペインのメセタよりも赤いと思われる農地や、また「ミニカッパドキア」といった自然の造形、石灰の露出頭など石灰岩の岩山も随所に見られた。
 こうしたゆるやかな地形を利用して行われている農業はムギやヒマワリの栽培で、9月のこの季節はすでに咲き終わったヒマワリが収穫前の立ち枯れ状態ではてしなく広がっている。牧草地には山羊の群を引き連れた農民が牧歌的な雰囲気で歩いている。
 トマトは、地べたに這わせて作るのがこのあたりのやりかただ。
 わずかだが、コメつまり陸稲栽培も見られた。長粒種だがトルコではサラダの付け合わせとして日常的に用いられている。
 乾燥地帯ではカウンと呼ばれている「冬瓜」のようなメロンも栽培されている。黄色いメロンが地面にごろごろと転がっているといった素朴な栽培だが、道端で売られているメロンはとてもジューシーで甘く、乾いた喉を潤してくれる。売り子たちは1個30円ほどのメロンをナイフで巧みに切り取って食べさせてくれた。


   トルコのイスラム文化

 イスラムが盛んなトルコでは、ジャーミーと呼ばれる小さいモスクがどこの街にもある。人びとはイスラムの習慣に従って、このジャーミーで敬虔な祈りを捧げる。大きな街でも酒店がほとんどなく、レストランでもビールも飲めないといったイスラム文化が行き渡っている。
 トルコの人びとが日常的に食べるのは、肉料理のシシカバブだ。その際に一緒に飲むのがアイランと呼ばれるドリンクヨーグルト。肉の消化を助ける知恵である。すこし塩味が効いていて飲みやすい。トルコの男達はレストランでまったくビールなどのアルコール飲料を飲まない。これは徹底している。こうしたイスラム文化はヨーローッパと大きく異なるところだ。
 それにかわってチャイと呼ばれているお茶がとてもよく飲まれている。手の平に隠れてしまうようなグラスを白と赤の皿に乗せて男性の経営者が運んでくれる。砂糖を入れて飲むのが一般的だ。店先に男どもがチャイを飲みながら長い時間座って談笑している。飲食を運ぶ女性の姿をまったく見かけなかった。
 訪れたときはラマダン中だったが、途中でラマダン明けの日を迎えた。この日は「イーバイラルラム」と見知らぬ同士声を掛けあい、互いに抱き合って祝いあう。ツアーをガードしてくれた警官も「コロンヤ」というコロンをメンバーの手に振りかけたり、飴玉を配ってラマダン明けを祝っていた。


   首都アンカラと歴史博物館

 首都アンカラでは女性のかぶり物姿がめっきり少なくなる。フリーの高速道路が発達しており、生活は車中心になり、大型ショッピングモールはクルマであふれかえっている。また郊外へ、郊外へと開発が広がり、集合住宅が林立している。活気があるといえば聞こえはいいが、常に埃っぽくなじめない雰囲気がある。ちなみに泊まったホテルは都心部から25キロの郊外にあった。
 アンカラで、かなりの規模の歴史博物館を訪れた。トルコ国内の紀元前からの遺跡から発掘された様々な文物が陳列されている。文字が誕生する以前から人間は様々な造形物を巧みに作ってきたことがよくわかり、紀元前の文化水準がかなりのものであったことを教えられた。ヒッタイト遺蹟の「王の門」のレリーフが削り取られてこの博物館に展示されていた。


   オアシスの街ベイパザン

 ベイパザンは石灰岩の岩山を背後に抱くオアシスの街だ。岩山の間から水が運ばれ、周りに緑が茂る。独特の木造の民家が岩山にまでせり上がりタイムスリップしたような光景が広がる。細い露地には、果物屋、パン屋、靴屋など様々な生活物資を売る店、チャイの道具を作る店など実に多彩で活気がある。どうした訳か床屋も実に多い。昔からの暮らしがここでひっそりと息づいている。政府が歴史的文化建造物保存地区として特別の手を打っているので近代的な建物は建てられない。
 岩山にせまる坂上の地域では、パンツをはいていない男の子の傍らで疲れた感じの母親が手で洗濯し道路に面した家の入り口に干している光景と出くわす。その隣では老婆が地べたに腰掛けてひなが一日外を眺めている。ここはオアシスであるばかりかトルコの近代化で失ってしまった暖かい暮らしが残っていた。
 このベイパザンだけでなくトルコのどの街も実に活気があり面白くフレンドリーだ。人々は必ず声を掛けてくる。歳を聞かれる。俺を撮れとポーズしてれる。パン屋の男は大きな丸いパンの陳列から一つのパンの代わりに自分の顔をつき出すといった案配だ。魚屋の喧噪、その前を野菜売りの大きなリアカーが行く。23歳の若い男が撮ってくれとせがんでくる。ジャーミーでの人々の敬虔な祈りと静謐の世界。その対比も面白い。



   ア・ラ・トゥルカ・トイレ

 海外では日本のウォシュレット文化が話題になることがある。「気持ちよさそう!」とか「そこまでしなくても」と云った具合だが、トルコを旅していてイスラム文化やチャイの風習以外にも異文化を感じさせるものにトイレがある。近代化の道を歩んでいるトルコにはホテルや新しい商業施設のトイレ(トゥワレット)では、いわゆる「洋式」が多い。しかしその他の場所ではア・ラ・トゥルカ・トイレ(トルコ風トイレ)が健在である。公衆トイレはもちろん性別に分かれており男はバイ(BAY)、女はバヤン(BAYAN)だ。トルコ式は"大小"や性別に関係なく同じ便器を使う・・・一部に男性用小便器もあるが取付位置がかなり高いので閉口した・・・。
 トルコ風トイレは便器と一体になっている足置きにまたがり用を足せるので、便座に触れることがなく清潔だ。和式便器と同じ発想だが「キンカクシ」がない。利用は和式とは逆にドアに向かってしゃがむ。そうすれば"大"が便器後部の穴に落ちる仕掛け。排泄したとたんに"大"が穴に落ち水洗されるので和式より合理的のように見えるが、ウンチの観察や検便を取るときにどうするのかと思う。
 個室の壁の下部に蛇口がありプラスチック製の手桶が用意されている。用足し後は手桶に水をためて、入浴前に尻を洗う要領で綺麗にする。この紙を使わない方式に初めは戸惑うが慣れると実に合理的だと納得する。環境問題だけでなく、尻が荒れない利点もある。観光地や長距離バスのターミナルの公衆トイレはすべて有料で1トルコリラ(約60円)だった。
 ホテルなどの洋式トイレにも水がでてくる"ウォシュレット"があるが、こちらは手で水栓をひねる必要がある。この水栓、旅行者にはわかりにくい場所にあるので戸惑う。



   イスタンブルとボスポラス海峡

 自由行動の時間を利用して、ボスポラス海峡クルーズに出掛ける。快晴だが、3層構造の上甲板は寒い。中型クルーズ船に乗り合わせたのはヨーロッパ系の客が半分程度。
 船はいくつかのポイントに寄港しながら客を乗せたり降ろしたり。青い空と海、両岸の緑、白い家々、遊覧船、釣り船、漁船、ボスポラス大橋、アメフットボー大橋、大型貨物船、コンテナ船など目まぐるしい。
 約23キロ、1時間半後に海峡出口に近い折り返しポイントのアナドルカバウで下船。はき出された観光客は急坂をゆっくりと登って行く。松の緑とその香り、イチジクの香り、ポプラの葉をゆらす風が心地よい。
 海峡と黒海を見下ろせる砦跡からは黒海に入ろうとする3隻の貨物船、網をたぐり寄せている小型漁船が見える。海峡の頚部はぐっと狭く、ここは古来からの重要軍事要塞で今もトルコ軍が周辺を管理している。とてつもなく巨大なナショナルフラッグがその領地を宣言するかのように翻っている。海峡を通過する外国籍の船は当然通行税を負担しなければならない。
 午後3時、同じ船でイスタンブルに戻り、巨大迷路のようなエジプシャンバザールに足を踏み入れる。名も知らない小鳥や家禽類、そのエサの蛭、エキゾチックな果物、各種香辛料、装身具、絨毯類、おびただしい衣料品などが売られ、一つとして同じ店はない。見るだけで疲れてしまった。とにかく活気にあふれたバザールは世界的不況など、どこ吹く風といった勢いだ。



   自転車で走ったトルコの道

 この間、ボクも含めメンバー15人のうちパンク経験は延べ10回。この原因はすべて細くて短いワイヤーだ。自転車のタイヤの種類に関係なくタイヤにワイヤーが刺さりパンクしたのだ。ワイヤーは自転車にも使用されているが、トラックのタイヤには、このワイヤーが何層にも巻き付けられいる。
 トルコの道路ではトラックのタイヤが頻繁にバーストする。実際、走行中にも大きな音とともにバーストしたトラックを見かけた。この破片が道端に残され、時間経過とともに細分され、やがて自転車を悩ますパンク原因となるのだ。
 トラックのタイヤはそう簡単にはバーストするものではないが、バーストするのは再生タイヤを使っているからだと教えられる。もちろん背後に経済問題が控えている。安いタイヤを装着して現代のシルクロードを通過するトラックが多いのだ。たまたまガソリンステーションでワイヤーがむき出しになった廃タイヤを見かけたが、YOKOHAMAと書かれていた。シルクロードを走っているのはブランドYOKOHAMAの再生タイヤのトラックだったとは…。そしてその被害者が日本人サイクリストとは、なんという因果か。


 ツアーでは事前の計画通り、予定の全ルートを走ろうとするのだが、15人の集団走行となると、ガイド側がいろいろ難色を示してくる。サイクリングはフリーの高速道路または一般道路を利用しているからアンカラやイスタンブルなどの大都会の交通量の多さを理由にかなり手前でツアーを中断させる。あるいはツアーを始める際も都心を抜けて交通量が少なくなった所からスタートさせるといったやりかただ。こうなると、自転車でのツアールートはぶっちぎれ、全体の走行距離は日毎に短くなってゆく。
 また走行中に雨が降ってくるのはサイクリングの常なのだが、今回も何度も雨と遭遇したり、まもなく遭遇すると思われる場面となったが、すべて伴走バスに乗ることになった。雨でも走るかどうかはメンバーの構えや構成によるので一概に言えないが、ソロならありえない選択が集団走行では常に行われ、こうして当初計画の走行距離はさらに短縮してゆき、最終的に走った距離の合計は延べ12日間で776キロとなった。
 小型バスとトラックを従えたツアーは結果的に一般道路を走ることになるから自転車は常にクルマとの緊張関係がつきまとう。トルコの田舎道、サイクリング道路、自転車で走って楽しい道、こうした環境の道を走ることはかなわなかった。
 今回、トルコでグループサイクリングを経験したが、ソロの場合と比べて一長一短がある。日程がフィックスされているので自由な行動は制限されるのはやむを得ないが、様々なことに造詣が深い人がいて、いろいろと教えられることも多い。反面、疲れたなと思っても追尾するしかないのは辛らいし、写真などゆっくり撮っていられない時もあるのは仕方ないことか。

<追記>
 今回トルコを走行した12日間、776キロのルートを下記のGoogleMapのサイトで見られる。
次のサイトをクリックすれば、以下のような画面が現れる。マップの赤いラインが実際に走行したルートで所々途切れているのがわかる。ブルーのラインは計画ルートだが、現地のガイドとの折衝やグループの協議で走ることができなかったルート。



      シルクロード雑学大学(歴史探検隊)2009年9月トルコ遠征実走行記録(最終)






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