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しまなみ海道、宇和海、四万十川の旅     2003年 10月

 いちど訪れたいと思っていた四万十川。日本最後の清流がのこる山里。カヌーで川下りを楽しむ人もいるそうだが、自転車で川筋を走るのも面白いに違いない。それにどうせ行くのならと、最近できた本四架橋のひとつ「しまなみ海道」も走ってみよう。自転車で瀬戸内海を渡るというのは、いままで考えられなかったことだから面白そうだと、計画に組み入れた。さらに欲がでて、この二つのルートをつなぐのに、四国の西海、九州と向かい合った宇和海沿いを走ることも思いついた。この3本のルートを合わせると今回は3日間で延べ255kmを走った。



  まるで「こだま」

 10月19日。10月のダイヤ改正でジパング割引が適用される「ひかり号」がほとんどなくなり不便このうえない。新横浜から乗ってきたばあさんもジパング割引の切符を持っていたし、車内を見渡せば7割方はジパング組だ。名古屋で途中下車して用事をすませ、先に送ってあった自転車を受け取って、名古屋から三原まで「ひかり」を新大阪で乗り継ぎ、岡山で「こだま」に乗り換えるはめとなる。時間があるからいいようなものの、まるでこだまのようなひかりの旅だ。三原着午後7時過ぎ。
 三原駅に着いて自転車を組み、夜道を懐中電灯をつけて民宿さがし。糸崎まで山陽線を一駅もどり、なんとか見つけて、「今晩は」と言ったら「お客さん遅い」と叱られた。風呂に入り、ヒラメの刺身と「たもり」という魚の煮付け、それにステーキとサラダ、そしてスルメうどんという変わった献立。たもりの身がまじめに骨にくっついて離れない。新鮮だね。
 ビールと酒を飲んで朝飯付きで6000円だ。安い。広島の銘酒「酔心」はここ三原の産だった。どこへいってもこの看板がある。


  しまなみ海道

 20日。朝は5時起きで6時に出発。タイヤに空気を入れ足したり、自転車を念入りに調整する。まだ夜明け前で暗い。走りはじめの距離計はちょうど13000km。国道2号線沿いに三原に戻り、左折して、呉線沿いに185号線を走る。6時24分、夜明けを沼田川の橋の上で迎える。指先がかじかんで冷たい。
 この道はいろんな仕事に向かう人たちのクルマで結構な通行量だ。でも時々ドングリが落ちている。自然が残っている呉線沿いの国道。峠を越えて竹原市に入り、忠海まで25kmを爽快に走行。7時半のフェリーに乗ることができた。早起きは三文の得だ。
 大三島まで自転車料金込みで410円。これも安い。盛港に8時前着。大三島の317号線は快適。しまなみ海道の橋、「大三島橋」を初めて渡る。50円を通行料金箱に投げ入れて渡り、伯方島に入る。小さな島で、あっと言う間にもう島を出る次の橋だ。伯方島と大島の間には「伯方島・大島大橋」が架かっている。この橋は途中の小島を足場に使っており、正確には2つの橋だった。ほんとにたまにしかクルマは通らない。3本の本四架橋が壮大な無駄だということを実感する。これ以降、地元の人に習って通行料金は入れない。これでは赤字がさらに続くけどね。橋は必要かもしれない、でも島のなかを通る高速道路なんて要らない。クルマは島内の高所を素通りだ。島に金は全く落ちない。

 自転車を高い位置にある橋に乗せるループ橋もたいそうなものを金をかけて作っているが、エレべーターがあれば十分だ。誰のための公共事業なのか一目瞭然だ。
 実は19日、因島で自転車がからむ事故があった。新幹線のなかで知ったが、民宿で読んだ愛媛新聞では、3人連れの「しまなみ海道を走ろう会」のメンバーのうち、34歳の会社員の乗っていたマウンテンバイクが、犬を連れて県道を横断中の地元の63歳の男性をはね、転倒させた。散歩中の男性は頭を強く打ち死亡したという。海沿いの見通しのよい一本道での事故という。
 歩行者は道路を横断したり蛇行したりするときにいちいち確認などしないのが普通だ。クルマは騒音を発するので、やって来ることがわかるけど、自転車は音がしないので、いちいち確認などしないのだ。だから自転車のほうで注意するしかない。
 自転車がからむ死亡事故が最近全国的に増えている。しかしサイクリング中での事故は珍しい。因島でというから、しまなみ海道のサイクリングが始まったばかりで、まだ橋も渡っていない状態で、きっと興奮していて、わき見でもしていたのかもしれない。自戒、自戒。
 大島には村上水軍の資料館もあるが、寄らずに11.5kmのサイクリング道路を行く。最後は来島海峡大橋だ。こいつは4000mもある。このルートでは本四架橋の象徴的な橋だ。橋桁基部には海峡の渦が巻いている。目がくらむような高さだ。潮の流れが速いこの海峡に巨大橋を建設する日本の技術力にはすごいものがある。しかしその橋の利用率がさっぱりで、日本の高速道路経営の脚をひっぱっているこの矛盾を思うと、すごいなぁとばかり言っておれない。
 波止浜に着く。四国だ。ループ橋を降りたらいきなり巨大船の船首に出くわした。造船所だ。10時半。ここまで66kmを走る。
 波止浜の委託駅からJRに乗る。八幡浜まで松山で特急に乗り換え2時間だ。


  宇和海

 八幡浜からまた自転車を組んで、走り出す。13時40分。予定より1時間早いペースなので精神的にゆとりがある。八幡浜港から諏訪岬を巡り、これ以降、ずっと海岸線を行く。378号線はクルマが本当にすくなくていい。もっとも国道といっても海沿いの道を舗装しただけで、漁村に入ると1車線の相互通行道路になってしまう。時たま出くわすクルマはほとんどジイサンバアサンの軽トラだ。深い入り江をなぞってゆっくり進む。岬の先のブラインドターンに気を使う。ハイビスカスが咲いていたりして、さすが南国だ。斜面はほとんどがミカンだ。集荷用の簡易モノレール「モノラック」が張り巡らされている。しかし大半はさびつき放置されているように見える。時折、ミカンが道路に無造作に転がっている。間引いたものなのか、強風で飛ばされたものなのか。幾つも幾つも見かけた。
 最近はミカンにオレンジ色の袋をかぶせるらしい。大きく鮮やかなミカンだと思ったら、袋入りだった。約40km走って宇和海は神子の浦(みこのうら)というところの民宿「シーサイド宇和海」に着く。快適な宇和海の走行だった。
 神子の浦は西日に輝いて美しい。ここまで民宿は1軒も見あたらなかった。予約しておいてよかったよ。千葉の海岸線とは大違いだ。本日の走行距離107km。
 宿は若い夫婦がやっているのだが、フランス料理っぽい魚料理をだしてくれたりしてうまい。酒は大分の麦焼酎がうまかったが、肝心の九州はここから見えないらしい。たまたま地元の若い連中が「飲み会」をやっていて、食事後なんとなく合流してしまった。聞けば地元の養殖漁業を中心とした20から40歳台の集まりで、変なオヤジが自転車で来たらしいというので、仲間入りさせてもらったというところ。
 こちらは魚の養殖について知識がないからたいへん。学ぶこと大変多かった。酒宴の後半では、旅のこと、人生のことでこちらが優勢。10年後の再会を約束しあったが、ほんまかいな。というわけで盛り上がった。

 21日。民宿を午前7時に出発。夜中にかなり雨が降ったようだが、雨も上がり、まったく濡れずにすんだ。路面が濡れているので、スピードは控えめ。急ブレーキにも気をつけよう。風が強くなってきた。湿っぽい空気がすこしさわやかになってくる。清々しい風の中、明浜を通過(8時)。386号線と宇和海に別れを告げ、半島を横断して吉田町に向かう。宇和海はまことに静かな海だった。入り江が複雑に入り組み、山は高く、めったに水平線だけの海を見ることができない宇和海。この静かな海で養殖漁業が盛んなわけを納得した。宇和海の夕暮れは広い海に夕日が沈むだけのところだった。この海では日の出が見られない。四国は山国だから、西の果ての宇和海では太陽は山越しに昇る。ひたすら静かで夕日をなんとなく見ていられる海。それが宇和海だ。


  お遍路さん

 宇和島には寄らずショートカット。吉田町役場に9時半着。37km。伊予吉田駅を見に行く。ひなびた駅だった。
 56号線は結構な交通量でうるさい。県道に逃げたところでお遍路さんを見かける。やはり四国だ。50歳くらいの男性。挨拶を交わす。さらに行くと今度は大きな黒牛を引いている男に出会う。そうだ、ここは宇和島に近いところ。宇和島の闘牛の開催日がせまっているらしい。きっと闘牛で勝ちを狙っているのだろう。立派な牛だった。
 標高185mの山間の盆地の町、三和町に入る。たいして辛い思いをしないで登ってこれた。しばらく山間の盆地をのんびり走る。68km地点で四万十川の支流の広見川と出会う。綺麗だ。のんびりと1両編成のディーゼルカーがトコトコ走っている。絵になっている。
 足元には「川蟹の白きむくろや秋磧(がわら)」の歌碑あり。この広見川の石ころだらけの川岸に蟹の死骸が白く秋の陽に光っているよという意味かも。広見川の橋の上から手長エビの仕掛けを点検している人と話し込む。最近はエビも少なくなったと嘆いていた。
 1時20分、愛媛県と別れ、高知県に入る。78km。江川崎の駅も見てみる。ここまで電車で来て、ここから自転車で下る人たちも多いそうだ。いよいよ四万十川だ。悠々と流れている。カヌーが3隻下っている。橋の上から声をかける。


  四万十川

 江川崎から数キロ下った網代の「民宿にしとさ」に到着。2時50分。すこし早すぎた。本日の走行距離94km。
 なんの変哲もない民宿だが、86歳の横山さんの話を聞いていると、なかなかたいしたところのようだ。
 この民宿は、川蟹や手長エビ、鮎など四万十川の食材しか出さないので全国から多くのファンが連泊に来るそうだ。
 川下に向かって掌を軽く握るようにすれば、掌の隙間に鮎が入ってくるので、その瞬間、親指と中指で鮎の頭を握って捕まえるとすぐに魚籠がいっぱいになったと話してくれる。ほんの10年前まで鮎の手掴みができたという話だ。今は手長エビの仕掛けを子どもたちに教えているという。何冊もの旅雑誌に紹介されている記事と写真を見せてくれて全国的に有名な民宿だと納得。
 浴衣姿で川原に降り、膝まで川に入ってみた。かなり冷たい。体長7センチばかりの鮎の稚魚のような魚(はや)が寄ってくる。なるほど豊かな川だ。でも横山老人に言わせると山も川もほとんど死にかけているらしい。

 なぜか。川砂利を採取するので、小石が少なくなった。だから雨が降ると川はすぐに濁る。昔は雨が降っても川は濁らなかったという。山の植林も同じように川を壊しているという。やはり川が雨で濁るそうだ。植林した山は下草も生えないので、栄養分を川に流さなくなる。これが川の生き物の餌を奪うのだという。そんな話を横山老人はたくさん聞かせてくれた。
 夜は栗焼酎のお湯割りに柚子をしぼったものを奨めてくれて、愉快に過ごした。料理は海で産卵し大きくなってから川に上がって来るというモクズガ二の茹でたもの、手長エビ、鮭科のアマゴ…四万十川の支流で穫れる。あとはタケノコ、ワラビの煮物。それに鰹のタタキだ。こいつは川では穫れないけど許す。栗焼酎もよかった。すべて四万十川の自然の味だった。

 四万十川の空は狭い、川の両側は結構な高さの山がそびえ立っている。午後4時には太陽は山の端に隠れてしまう。しかし、その狭い空に夜になると星が瞬く。こんなに星があったのかと思うほどだ。空気が澄み、人工の光がないからだ。

 22日。朝起きると川面に霧が立ちこめていた。でも、天気予報では四国西部は快晴だという。この3日間、まったく雨知らずで、今回もついていた。
 今日は、中村まで約30kmほどなのであわてない。地元の食材をふんだんに使った朝飯をしっかりと食べて、8時に出発。
 川筋の国道は、細々と続く昔からの道を国道に昇格させたもので、たびたびの離合に気を使う。例えば四万十川の砂利業者のダンプが時折迫ってくるので、そのたびに山側の崖にへばりつく。川側だとガードレールがないので川に転落してしまう。怖い、危ない。




  沈下橋

 しかし、四万十川はきらめきながら、ゆったりと、そして時には早く流れている。蛇行する川のところどころに「沈下橋」がある。国道の橋も何カ所かはあるが、沈下橋はそれとはまったく違って水面の上2〜3mの高さのところに作られている。この高さだと洪水時には完全に水没してしまう。だから欄干がなく、大水でも破壊されないように作られている。橋の幅はクルマ1台がぎりぎりといった狭い橋だ。自転車で渡ったら、川に落ちるのではないかと、怖かった。対岸の集落の人々が日常的に利用している文字通りの生活橋だ。何カ所かの沈下橋を巡ったが、それぞれ個性的でおもしろかった。川にはほかに人工物はなにもないからいい。
 川下りの遊覧船の乗り場が2〜3カ所あり、また、時たまカヌーにもお目にかかる程度で、まことにのんびりとしている。癒しの川だと地元では宣伝しているが、やはり日本の最後の清流なのだろう。こんな調子だから今日は距離が伸びない。

 中村に着いたのが正午だった。距離は42km。四万十川温泉で汗を流し、列車の時間待ちに下流の不破神社(ふば)にゆく。下流の氾濫原にある。距離計は48kmを表示した。
 こうして自転車の旅は終わった。今日は、快晴でかなり焼けてしまった。高知まで特急南風4号で輪行。
 高知では、ヤマトの宅急便のセンターまで約3km市内を走らせた。54kmとなる。予約の小田急バスが自転車を乗せないのでしかたない。自転車を分解して宅配便で送り返す。はりまや橋まで市電に乗り、またもや「鰹のタタキ」で飲んで夜行バスに乗る。11時間後の翌23日の朝、新宿の雑踏にはきだされた。(了)


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