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豪雨の村上から羽黒山、寒河江へ     2004/7/16〜19



 7月16日。夜行で来るS、O、Kの3氏に先立ち、昼間の新幹線で村上に向かう。
 新幹線が越後湯沢を過ぎると空は真っ黒になり今にも雨が降り出しそう。国境のトンネルを抜けたら雪国ならぬ、前線の真下だった。新幹線では浦佐から北は行ったことがないので、沿線に広がる緑が目にしみ入るありさまは誠に興味深かった。見事に圃場整備された田んぼは青々と光り広大な広がりが越後平野の豊かさを実感させられる。
 長岡や燕三条では、直前の集中豪雨で信濃川の濁流はあふれんばかりだ。周辺はまったくの平野であり、そこに降った豪雨が細々と流れる河川に集中するのだから、低い堤防は簡単に決壊してしまう。広大な水田地帯を抱える信濃川流域の河川管理のありかたが問われるケースだろう。
被災住民が人災だというのは無理からぬことだと思った。

 新潟から在来線の特急「いなほ」に乗換えたところ、先の佐々木駅付近の信号機故障で、特急は田舎の駅に止まったまま。急ぐ旅ではないのだが、低く垂れ込めた暗雲の下で憂鬱な思いだ。雨がまた降りだしてきた。

 村上駅前で自転車を組み、17時40分にスタート。今夜の宿、瀬波温泉までは2.5kmで、あっという間だった。温泉は日本海に面しており、何もない海岸線に沿って道の両側に並んでいる。空は鉛色で、海はさらに沈んでいる。波は静かで、海岸線から50mのところに波消しブロックがあり、海岸から約10mの高さに温泉があって、日本海を一望できる趣向だ。ただ海が見えるだけのことで、灯台や、船といった、海につながる光景はなにもない。ただ、海だけの光景が広がっていた。

 宿は瀬波温泉の「磐舟」(ばんしゅう)といい、インターネットで調べた宿にしては当たりだった。本日の走行距離8km。
 瀬波温泉の宿はどこも、軒先に乾燥させた塩鮭を並べて吊している。近づくと鮭の薫製の匂いがする。昔からの習慣か、温泉地にしては変わった光景だ。

 夜の8時頃、Sさんから電話が入った。テレビニュースを見ていたら、彼が乗る予定の夜行列車が、新潟方面の悪天候によるダイヤ遅れの影響で運休だという。そのため出発を明日の朝に変更するので、明日は12時半に鶴岡の駅で落ちあいたい…と。
 ハプニングだ。異常気象による運休では仕方がない。「了解」と応えたものの、そうなるとこちらも明日の予定を急遽変更しなければならない。当初の予定では朝の5時半に彼らと村上駅で合流することにしていたが、鶴岡となるとここから相当離れた山形県だ。地図でチェックしてみると、瀬波温泉からは直線距離で60km以上も離れている。明日の早朝に出発して午前中に稼げば、走れない距離ではない…という結論を瞬時にだして、新潟県北部の海岸線を北上し、山形の鶴岡をめざすことにした。

 羽越本線と平行して走っている国道345号線をひたすら北上し、山形県に入ってから羽越本線にしたがって、やや東にとれば、自然と鶴岡駅に着けるとにらんだ。距離は70kmほどだと見当をつける。
 日本海はまだ走ったことがないし、走る計画もなかったが、予期せぬ事態となり、見知らぬ海岸線を走ってみるのも悪くないなどと考えつつ眠りについた。

 17日。午前5時にスタート。瀬波温泉から一旦村上方面に戻り雨が降っているなか国道345号線をゆく。
 せっかく夜が明けたのに、また闇の世界に戻ってしまいそうな暗雲のなかを、ちょうど1時間走る。海が荒れているわけではないので、波しぶきはかぶらないものの、道路の水たまりは相当のものだ。「道の駅笹川流れ」で6時。25km。
 本格的な雨のなかの走行は初めての経験だ。弱い雨なら何度も経験があるが、いままでは雨宿りをしていたような土砂降りの雨が連続して降っている。雨宿りをしていたのでは予定通りに鶴岡に着けなくなるのでしかたない。

 土砂降りの雨のなか、国道を走るのはたいへんだ。道路の左肩は不規則に狭くなったり、広がったりするし、白線の上はスリップしやすいのでブレーキは禁物だし、その白線の右側はトラックの轍のために舗装が削られ、水たまり状態だし、どれもハンドルをとられたりスリップする要素が高い。細心の注意が必要だ。
 容赦なくたたきつけるように雨が降っている。眼鏡は雨に濡れる。眼鏡をずらして上目使いに路面を見る。背中を雨がたたく音と雨粒を肌で感じながら走る。

 国道345号線が通っている日本海は、適度な変化があって飽きない。リアス式海岸だと景色もいいが、くねくねと回り込むので大変だ。ここは九十九里海岸のように直線でもないので、走っていて、たまに奇岩が現れたり風景が次々と変わるのがいい。
 「蟹の目に二つの冬の海がある」と彫られた句碑が雨に濡れ、にぶく光っている。ここJR桑川駅は道の駅を兼ねている。新潟県の北端、岩船郡山北町だ。
 今川(30km、6時半)。カモメが鳴いている。碁石(42km、7時)で国道345から7号に変わる。
 ついに山形県に入る(7時35分。50km)。温海町だ。気温24度。

 「道の駅温海」(54km、7時50分)。また激しい雨。鶴岡に入るが相変わらず海岸線と山ばかり(8時半、68km)。
 集中豪雨のなか、ようやくにして鶴岡駅着(10時、92km)。

 約束の鶴岡駅に到着してみて驚いた。なんと羽越本線は村上から酒田までストップし、山形新幹線を新庄で降りて余目にむかう最上川沿いの陸羽西線もストップだ。駅の切符売り場には払い戻しの行列が並び、月山登山の客も途方に暮れている。
 この鶴岡で待ち合わせようという昨夜の約束は、まれにみる豪雨禍のためにかなわぬこととなった。Sさんにそのことを電話した。しばらくして彼から新幹線も遅れて新庄に着いたとケイタイが入った。相談の結果、それぞれ今夜の宿、川代温泉に直行することにする。

 正午、宿に向かうため県道47号…羽黒街道をめざし、再び雨のなか鶴岡駅を発つ。鶴岡駅での2時間の待機時間のために濡れた体はすっかり冷えきってしまったが、走るうちにまた暖たまってきた。羽黒の高原への長い登りをゆっくりと進み13時15分、羽黒高原の集落にある一軒の鉱泉「川代温泉に着く。今日の走行距離は109kmとなり、予想を大幅に越えてしまっている。

 濡れたものを乾かし、ゆっくりと温泉につかる。雨は断続的に強く降っている。身体は疲れているが、新庄からこちらに向かってくる3氏のことが気になるが、ビールを飲んで気を静める。

 新庄駅からスタートしたSさんら3人は、最上川の途中で猛烈な向かい風を喰らい、大変な苦労をしたようだ。彼らはそこから鶴岡に向かう途中の狩川から羽黒高原に入ってきた。到着したのは午後6時で大幅な遅れとなった。
 窓の外は時折、激しく降る驟雨の合間にカナカナ蝉がつかの間の夏を謳歌している。

 18日、日曜日。
 新潟や山形地方を覆っていた前線がすこし南下したために朝から曇り。ずっと猛烈な雨ばかりだったこの地方の人たちにとっては朗報だが、我々にとってもすばらしい日となりそうで、Sさんも雨男と呼ばれなくてもすみそうだ。
 田舎の温泉、川代温泉を8時半にでる。
 そのまま登り坂となり一路信仰の山、羽黒山をめざす。羽黒山は月山の隣にあり、月山、湯殿山とともに山形の三大霊場をなしている。標高の高い月山は自転車には無理なので、せめて標高400mの羽黒山に登ってサイクリングの安全を祈願しようというのだ。

 月山を取り巻く高原牧場を回り込みながら、ゆるやかな高原を走る。周辺の道路はよく整備されていて、観光バスが早朝にもかかわらず、また、天候不順のうえ水害にも関わらず客を運んでいる。我々はビジターセンターに9時に到着(9.3km)。これから上は有料自動車道なので自転車をデポしバスに乗り換える。
 羽黒山に到着。想像していた以上に、なんともいえない雰囲気を持った霊場である。すこしガスがかかっているのが幻想的でいい。
 高い杉やブナが並ぶ参道やこけむした石碑、そして途方もなく巨大な藁葺きの本殿、脇に並ぶさまざまな神々の神殿、木々から聞こえるカナカナ蝉の鳴き声など。一挙に下界から隔絶された世界に包み込まれてしまった。ここでは誰もが、山岳信仰の信者に早変わりするようで、若い女性も袈裟をかけて境内を巡っている。

 羽黒山の本殿は、月山神社、湯殿山神社、それに羽黒山神社の三社合祀神社であり、それぞれの立派な遍額が懸かっている。われわれは、サイクリングの安全と、それぞれの人生のさまざまな願い事、そして本日の天候について祈願したことはいうまでもない。
 霊験はあらたかで、たちまち天候は回復し、この日、再び雨が降ることはなかった。自転車を預かってくれたビジターセンターの職員にそのことを報告し礼をのべたら、笑っていた。


 霊場からタクシーで下った我々は、ここを11時に出発。
 途中の道端にも短い夏を精一杯生きるがごとく、激しく激しく鳴くカナカナ蝉には心を動かされる。われわれもその日暮らしのカナカナ蝉集団だから、蝉の鳴き声が身に沁みる。

   カナカナ蝉 鳴き声涼しき羽黒山

 立谷沢川に沿って素晴らしい田園風景のなかを走り、最上川との合流点、清川に着く(27km、11:40)。
 「五月雨を集めて早し最上川」と芭蕉が詠んだ情景とはうって変わり、最上川は濁流を呑み込み川幅いっぱいに溢れ渦巻き、いまにも引き込まれそうになる。
 白糸の滝で休憩(30km、12:00〜12:50)。滝は白糸というよりイカ素麺といった感じで、台地からのものすごい水量を最上川に落としこんでいる。


 古口(40km、13:15)。ここで最上川から右に取り、再び山に向かう肘折温泉への道をとろうとするが陸羽西線のガード下が水没していて全面通行止めだ。やむなく国道に迂回し、次の登り口を目指すが、今度は国道47号線そのものが「道の駅戸川」の先で通行止だ。
 周辺の河川敷はおろか、隣接する水田にも濁流が流れ込み長さ1.5km以上の広大な遊水池に変貌している。そのなかを水しぶきをあげた車が山から下りてくるといった災害現場と遭遇する。
 ここで最上川と別れ、肘折温泉への急坂を登る。

 アクシデント発生だ。急坂を勢いをつけて踏み込んでいる最中に異音がしてリアのトップギアが空回りする。Oさんがフリーが割れていると細かな割れ目を発見してくれた。この重大な故障はペダルを漕ぐ力がチェーンに伝わらず、空回りしてしまうものだ。診断の結果、このトップギアを使わなければ走行可能とわかったものの、さらにもう一カ所、重大なトラブルを発見する。それはフロントホイールからの異音で、どうもハブがいかれているようだ。カラカラと絶え間ない音が続くので点検していたが、やっとメカに強いKさんが見当をつけてくれたのだ。どちらの故障も自転車を酷使した結果であり、早期にオーバーホールしないと駄目とのお達しとなった。現在の延べ走行距離は18000kmを越えている。ドイツでも600km走るなど酷使している。チェーンも伸び切っていると言われてしまった。今日と明日はだましだまし乗るしか方法がないようだ。
 こうしてボクの自転車は本格的に壊れ始めた。その自転車にムチ打ってさらに急坂をもがきながら登る。いくら登っても峠らしき峰に着かない。そのうち期待もせずに汗をしたたらせて登ってゆくと、道は自然に下りにかかり、あっというまに時速53kmに達してしまった。

その急降下がしばらく続いたと思ったら、そこは肘折温泉だった。午後4時ちょうど、「松屋」に到着(68km)。

 かなりの規模の温泉街が川岸にそって建て込んでおり、驚く。番頭はわれわれの自転車の値段を聞いて驚いている。2階のテラスのようなところに自転車を保管する。夕食は食いきれないほどのうまい料理が次々と運び込まれた。
 朝、ホテル前の朝市はすごい人だかりだ。名も知らない山菜やヤマカガシの干したもの、マタタビなど、様々なものが持ち込まれている。太くて長めのなすを股間に突き立てて笑っている売り子婆さんもいて、実におおらかな爺さん婆さんの温泉だった。

 19日。肘折温泉を8時発。
 いきなりの急坂だが、これでも国道だ。ただし崖崩れで通行止めの箇所もでている。
 この急坂でなるべくエネルギーを使わないようにセーブしながらペダルを回転させる。がむしゃらではなく、知的走行をするのだ。それでも汗が噴き出してくる。しまいには急坂が平坦な道路に見えてくる。平衡感覚がおかしくなりかけてきているのかもしれない。
 大師峠には9時55分に着く。距離は丁度15kmで約2時間かかった計算だ。時速7kmほどだ。登りばかりの単調な山道だ。この国道を時折クルマが入ってくる。たいてい首都圏ナンバーだが、たまには地元、山形の軽トラも来る。これは山菜が目当ての人たちで、たまに熊に襲われることもあるという。

 汗、一斗。時速5キロのカタツムリ走行が続く。
 十部一峠へは10:17に着く。距離は20.5kmだ。ここで大蔵村から寒河江市へと行政区は変わるが、標高900mの山のなかだ。遠くに月山の雪田が見える。
 あとはひたすら下るのみだ。自転車が壊れているので、ギアチェンジがままにならない。慎重に下る。オーバースピードにならないよう気も配る。路面も濡れており、時たま舗装が切れてダートになる。ダートの下りは特に慎重を要する。こんなところで急ブレーキは禁物だ。急ブレーキは大転倒間違いなしで、慎重に下る。
 といっても2時間以上かけて登った急坂をわずかな時間で下るのだ。

 突然、パラパラときて、激しい夕立となる。たちまちずぶ濡れ。木陰で雨支度をするがすでに半分は濡れてしまった。滝のような雨の中、ひたすら寒河江をめざして下る。長い長い下りだ。途中で夕立は止み、陽が照りだす。濡れたものが太陽と風で乾き始める。そうこうするうち、平地の国道112号線の分岐まで来る(11:20、39km)。
 あとはの田舎道をひたすら寒河江駅を目ざし漕ぎまくる。

 こうして、寒河江駅に到着する(11:50、49km)。本日の走行はこの駅まで。ここから在来線を乗り継いで山形に行き、新幹線で帰るのだが、その支度をするために自転車を分解しようとするとフォークを止めているネジが雨でさび付き、どうしても動かない。やむなく駅の近くの自転車店に行き、誰もいないなか、工具を無断拝借してネジをゆるめ駅に戻る。すでに皆さんはほぼ支度を終えており、あわてて輪行支度を終える。
 あわただしいなか、在来線に乗り込み、山形で13:30発の新幹線の自由席を無事確保できた。
 帰路は大宮から埼京線経由で北府中下車。自宅着は57km。今回の合計走行距離は242kmとなった。




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