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佐渡めぐり     2005/9/20〜22
  

    燕三条から佐渡めざす

<第1日 9月20日> 行き:燕三条駅まで・・・府中本町8:12⇒8:46南浦和8:53⇒9:05大宮9:22⇒10:55燕三条
 新潟の中越大地震以来、長岡を通過するのは初めてだ。ボランティア支援に励んだあのときが懐かしい。あの時は新幹線が脱線してしまったのだった。

 燕三条駅(東京から300km)で新幹線を降りて、自転車で20km先の寺泊港へ。寺泊発(13:00)の佐渡汽船で佐渡の赤泊港(14:00着)へ向かう。
 燕三条駅から寺泊までは何の問題もなかった。新幹線の長いホームはもちろんのこと、在来線の乗り換えなど、30kg近い自転車と荷物を担ぐのはたいへんだ。
 そこで今回は自転車の後輪をむき出しにして自転車を「一輪車」状態にしてホームを転がす妙案を思いついた。一応、自転車を袋に入れた格好にして後輪のところのチャックをあけて、転がるようにしてみたところ自転車を90度立ててやると、うまく転がることがわかった。これで、肩に食い込むつらさから解放される。


   芭蕉の心象風景を求めたのだが…

 「日すでに海に沈んで、月ほのくらく、銀河半天にかかりて星きらきらと冴へたるに」と芭蕉は寺泊の先の出雲崎の印象を記している。
 そしてあまりにも有名な句、「荒海や佐渡に横たふ天河」を詠んだのも寺泊の近くだ。芭蕉がこの句を詠んだのは1689年8月18日だが、天の川が佐渡に近く輝くのは明け方であり、しかも天の川は佐渡に突き刺すように垂直に見えるらしい。芭蕉はそれを心象風景にイメージしたのだろう。もちろん寺泊を通過したのは真昼なので、対岸に佐渡がうっすらと見えるだけ。
 あらかじめ、設定しておいたルートにしたがってGPSの指し示す通りに走るだけで、簡単に寺泊に着いてしまった。あらためてすごい文明の利器と思う。

 寺泊からは、この夏から高速船が就航を始めていた。乗船料2500円と手荷物料金420円をとられる。輪行支度をしていると男性が近づいてきて、自転車のことをいろいろと聞いてくる。できあがった輪行姿の自転車を持たせてと云い、なるほどなどと云っている。そして羨ましいと云った。彼は奥さんとの二人旅で、僕のような風来坊の旅をあこがれているらしい。


 GPSは寺泊と佐渡の赤泊までの海上でもたんたんと直線の軌跡を描いた。佐渡までの海上距離はちょうど40kmとでた。
 佐渡上陸後は赤泊から時計回りに20km走り強清水へ向かう。途中、いくつも郵便局が現れる。そのなかのひとつに立ち寄り旅金をひきだす。日本の田舎を旅するのには郵便局が便利だ。銀行はどこにもない。これが郵政の民営化で淘汰されないことを願いたい。

 小木は佐渡の最南端で、おだやかな海に名物たらい舟が浮かんでいる。まだ走り足りないほどだが、時間調整もあり、小木海岸の温泉「おぎの湯」に立ち寄る。ナトリウムのツルツル温泉だ。眼下に小さな小木の港が広がる。佐渡国小木民俗博物館で千石船の実物大の展示を垣間見る。相当に大きい。たいした造船技術だと思った。今夜の宿となる強清水(こわしみず)には、5時前に到着。清水荘という釣り客相手の民宿で愛想もくそもない。


  波のまにまに鈴虫も鳴く 

 日本の民宿というのは安くていいのだが、一つだけ欠点がある。予約しておかないと飯が食えないという問題だ。一般的に民宿は予約客の分だけしか魚を仕入れない。したがって、いきなり行っても食事の用意ができないのでと断られてしまう。民宿側の言い分もあるだろう。ほとんどが兼業なので、予約のないときは他の仕事が忙しいのだろう。ドイツのガストホフ(民宿)のように、ただ泊まるだけで料金に含まれるのは朝食だけということにすれば、合理的なのだがと思ってしまう。というわけで、強清水の民宿は「はずれ」だった。

 夜の海は静かで、打ち返す波の音、そして鈴虫の鳴く音も絶えない。月明かりのせいで天の川までは見えず、めぼしい星だけが見える。芭蕉の気分とは少し違うが、これもいい。

  打ち返す波のまにまに鈴虫鳴くよ

 本日の走行。自宅〜府中本町5km。燕三条〜寺泊20km。
赤泊〜強清水24km。計49km。走行開始の累積距離は 26898km。


  佐渡最北端まで100km

 民宿には、大宮ナンバーの夫婦連れが泊まっていた。朝、こちらが自転車だとわかってびっくりしていた。クルマだとフェリー料金が高くつくだろうに。
 今日は、佐渡の日本海側を北に向かって進むことになる。およその距離約100km先にある佐渡最北端を目指す。少し手強い行程となるもようだ。途中通過した佐和田という小さな町では文弥人形浄瑠璃の実演を見せてくれるらしいので、期待していたが、ボクの走行計画と人形浄瑠璃の開演時間が合わずに希望が叶わなかった。残念だ。

 相川まで47kmを走る。佐渡が南北でくびれたそのすこし北あたりだ。昔、気象通報でよく相川という地名を聞いたことがあった。その相川の気象観測所は合同庁舎に入っていた。
 尖閣湾では海中透視船に乗り、1000円の料金で、クロダイなどが泳いでいる姿を見ることができた。撒き餌をして船に寄ってくるようにしているという。

 

 外海府海岸(そとかいふかいがん) は尖閣湾から弾崎まで約50kmで、断崖、そしてそこに架かる「大ザレの滝」などの自然景観はそれは見事だった。

 行程の最後になって高さ133メートルの登高が控えており、これにとどめを刺された。ヘロヘロ状態で佐渡最北端の大野亀を経て二つ亀にたどり着く。その二つ亀の民宿「二つ亀荘」(TEL 0259-26-2134)はトンでもないところにあった。手元のGPSは目標地点到着を報告しているのに、なにも見えない。そこは、実は断崖の下だったのだ。一段の高さがかなり高い石段を161段も下って入り江に降り立つ。自転車はもちろん下ろせないので断崖の上のキャンプ場に無断でデポしておいた。こんなことも初めてだ。

 二ツ亀というところは佐渡の最北端に位置し、南佐渡と対照的で海岸美は豪壮で男性的。少し雰囲気的にチェジュ島の日の出岬の雰囲気に似ているところもある。すばらしいロケーションの民宿に予約客はただ一人。従業員も自宅に帰り、たった一人きりの夜を過ごした。聞こえるはただ波の音のみ。
 
  圏外孤独 佐渡最北の夜が明ける


  印象的だった雨に煙る加茂湖

<第3日 9月22日>

 朝の散歩で長野からの風来坊に出会う。クルマに折り畳み自転車を積んでいると云っていた。
 朝食後、民宿の親父とその息子の小学3年生がトラックで断崖の上の自転車デポ地点まで送ってくれた。別れ際、その子は「ありがとうございました」と挨拶をしたのには驚いた。 これからスクールバスを待ち合わせて学校に行くという。
 二ツ亀から両津までの35kmを走る。7時半にはもう走っていた。この区間は登坂もほとんどなく、快適だった。両津の手前で小雨となる。ハンドルカバーをかける。9時半に両津に到着。ここで水中翼船ジェットフォイル待って2時間を過ごす。加茂湖は雨に煙っていた。酒造会社「北雪」の地ビールを飲む。結構な味だった。
 これから佐渡を旅するらしいヨーロッパ系の顔立ちの若い女性の二人連れが大きなリュックを背負っていた。佐渡は外国人にも人気があるらしい。


 両津からは新潟西港まで佐渡汽船のジェットフォイル(11:30発)に乗る。独占状態で高い。5960円と荷物運賃500円をとられたが、さすがに早い。1時間はあっという間だった。
 新潟西港から瀬波温泉まで約60kmを走る。ルート探索はGPSにまかせて指示通りに走るのは楽だ。


  新潟東港の賑わい見ながら北上

 新潟東港界隈はかなりの活気を呈していた。さすが日本海側の経済の中心だけのことはある。
 そのせいでコンテナを運ぶトラックがひっきりなしに、狭い国道を行き来している。のんびりと佐渡を走っているのとは正反対で、緊張を強いられる。
 国道端にロシア語の看板が立ち、ロシア人らしき男らもいる。

 ロシア向けにクルマを売る中古車ディーラーのようで日本のさまざまな乗用車が無秩序に並べられていた。
 新潟西港から瀬波温泉まで、ほぼ海岸線沿いに延びているこのルートは地図上で選んだのだったが、結果的に失敗だった。たぶんほかにルートはないだろうから、この場合、JRの輪行にするのが正しい選択だったように思う。ほとんど20センチ幅もない路肩から、はずれるわけに行かない走行を余儀なくされた。村上に近づくにしたがって雨まで降ってきた。ダンプの風圧と、しぶきがすぎい。これだから国道は駄目だ。

 やがて見覚えのある瀬波温泉の風景が見え出す。民宿の紹介で温泉ホテル「汐美館」のすばらしい温泉(特別料金500円)に入って疲れを癒す。
 瀬波温泉民宿「 ことぶき」の女将は本間と名乗った。そういえば強清水の民宿も本間だったし、郵便局、土建業者、接骨院みんな本間だった。本日の走行98km。
 佐渡の旅は終わった。天候に恵まれまずまずだったといえる。



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