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呑 川


多摩川下流ー羽田ー呑川ルート。 ⇒  呑川ルート

 多摩川から羽田を経て呑川の河口から上流をめざす。多摩川の二子橋(16km)、ガス橋(24km)と順調に走るが大師橋の手前で大規模なスーパー堤防の造成工事をしており、大師川原交差点(33km)に迂回する。
 多摩川河口に向かう道は以前ダートだったが、いつの間にか舗装されている。オギの枯れた群落が美しい。引き潮で干潟が大きくひろがったその先の流れの向こうの中州に、おびただしい野鳥が羽を休めている。羽田空港で離発着するジェット機やモノレールの轟音と、この静かな自然が同居している不思議な空間、それが多摩川河口だ(36.5km)。多摩川水準拠標「多摩川河口」(建設省京浜工事事務所)の標識が埋め込まれている。
 多摩川にかかる最も河口に近い一般道の橋、大師橋(産業道路)を渡り大田区側へ。環八を横断するとすぐに南前堀緑地だ(41.6km)。緑地沿いに羽田中学(42.5km)があり、その先の海老取川公園を廻り、新呑川河口に着く(44.6km)。河口の一角は大森中学だ。そこは海老取川だが、ちょっとした公園風のしつらえがあって、川をはさんだ向こう側に着陸するジェット機がみえる。

 東麹屋あたりは大田区の零細工業が集まるところで、河口一帯も零細工業の町だ。町工場の軒先を縫いながら、旧呑川の呑川水門に着く(46.8km)。旧呑川は緑地と化して、旧呑川緑地と呼ばれている。しかし昔日の面影を偲ぶように「不帰橋」などと記された標識が立てられている。宝来橋で新呑川に戻る。新呑川は約70年ほど前に開削されたという。川沿いの中学で卒業式があり、親も子も晴れ晴れとした姿で記念写真を取り合っている。すぐ対岸の天神橋のほとりに蒲田井府北野神社がある。梅が数本植えられており、早くも柳が芽吹いている。




 呑川(のみかわ)とは変わった名前だ。その昔、氾濫によって家や田畑を呑み込んでしまったからだとか、綺麗な水流で飲料水として利用したからだとか諸説があるらしい。
 京急蒲田駅付近にあるのが「夫婦橋」だ。羽田空港を利用するときに乗り換える駅。踏切を渡って呑川に戻ると、看板に出くわす。この川は都の清流復活事業の一環として新宿区の落合下水処理場の処理水を流して水流を維持していると掲示されている。もはやこの川の流域に流れ込む雨水だけでは流れは維持できないということだ。流域は合流式の下水道が完備しているから、雨水は呑川にはそそぎ込まず、下水処理場に直行する。水が流れない呑川は、結果的には他の流域の処理水のお世話になっているのだ。都内でも分流方式の下水道が一部で採用されはじめていると聞くが、この流域がそうなるにはおそらく100年以上もかかるのではないか。
 御成橋(50.7km)である。染物屋さんがチェーン店の「和民」の暖簾を染めて、その長い反物を川沿いの道路端に干している。長い竹ヒゴの両端に針が埋め込まれている伸子針(しんしばり)と呼ばれている小道具を使って濡れた布地をピンと張って干している光景は昔から見られたが、いまはそうした光景と出会うことは皆無に等しい。布の左右に伸子針を等間隔に刺して、布をぴんと張っている光景はシンプルで美しく、絵になっている。下町の風景だ。「完全装備でどちらから?」と職人から声が掛かる。いいねえ。

 道端にちょっとした緑道が斜めから呑川とクロスしているところがあり、そばに六郷用水の説明板が立っている。「六郷用水とは、現在の大田区の平地地域の灌漑のため、江戸時代に幕府により開削された農業用水。この六郷用水北堀は南北引き分けから東進してくる呑川に突き当たる。そこで呑川を横断させ、用水を新井宿方面に流すため「八寸」と呼ばれる堰が作られた。この堰で分流された流れは北上して旧池上道の山下橋(現存しない)…ここは少し下流に設けられた堰によって呑川を分流させた分水路の跡」とある。
 その昔、大田区は田園地帯であり、六郷用水と呑川の水を巧みに利用していたのだ。
 池上1丁目付近。本門寺だ。日蓮宗の永寿院や文化財「観音立像」のある妙見堂が百十一段の長い石段を登った小高い丘の上にある。都心のエアポケットのようなところ(53km)。

 雪谷を通過。高級住宅地だ。市川町あたりは三面堀で桜並木も目黒川と同じ雰囲気だ。
東急大井町線を越えたあたりは目黒区みどりの散歩道に変っている(58km)。八雲1丁目で目黒通りを横断する。猥雑な感じがする駅前だ。緑道は自転車置き場となり、また子どもの公園となって、柵で囲われている。名残の橋の標識「柳橋」を通過。
 駒沢オリンピック公園近くの駒八通りの「神明橋」(これも標識のみ)から世田谷区に入る。東深沢小学校、東深沢中、日体大、都立深沢高校と学園施設が緑地沿いに続く(61km)。今日は寒いがサクラは1分咲きほど。
 呑川は緑地から流れに戻る。世田谷区は相当金をかけて呑川の整備をしている。石材をふんだんに使って、しゃれたデザインの修景をほどこしている。しかし残念なことに、今の季節、水はほとんど枯れている。その川でわずかな水たまりを見つけカモが遊んでいたりする。

 深沢で首都高渋谷線および国道246号玉川通りとぶつかる(63km)。じつは国道の脇に新小桜橋が残されているが、川はもうない。呑川遡上はここで終わるが、ここが呑川のはじまりなのだ。名残りのすこし広めの遊歩道があるので、それを頼りに北上する。「JA世田谷目黒」にぶつかり、東急田園都市線の「桜新町」駅前を西に進む。用賀の信号「陸上自衛隊」前、続いて馬事公苑前を通って世田谷通りに入り喜多見をめざす。関東中央病院、環八「三本杉陸橋」、国立療育医療センターと進む。日大商学部から世田谷通りは仙川にむかって下る。仙川を越えるとまた登って、砧小学校前から急坂を下ったら野川(喜多見5丁目)と出会った(69km)。野川にかかる「水道橋」から野川を遡上する。野川の榎橋から三鷹通りを北上し、深大寺小手前を深大寺通りに入り、武藏境通りに出て、神代植物公園(77km)から帰宅(84km)。(2004/03/19)



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