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野火止用水から柳瀬川


 雨が上がり、桜は3分咲きほど。東八道路の医療少年院から国分寺駅前を抜けて日立中央研へ。小平南高、東恋ヶ窪、上水本町、上水本町通りを北上。玉川上水に突き当たるとレストラン「四季亭」を経て野火止用水の始点となる小平監視所(14km)はすぐだ。
 野火止用水は340年前の江戸時代に松平伊豆守信綱によって開削。現在の小平市の西端(中島町)の玉川上水から分水して、志木市の新河岸川まで全長25kmの用水路だ。

 1964年の東京の水不足で、東京都が玉川上水からの分水を中止したことから野火止用水は枯渇。その後、都は「自然の保護と回復に関する条例」により、1974年に9.6kmの用水と周辺の樹林を「野火止用水歴史環境保全地域」に指定。1984年に昭島市にある玉川上水処理場の高度処理水を利用し、通水したので約20年間にわたり止まっていた流れが復活した。埼玉県側でも、1944年に県指定史跡「野火止用水」として指定された用水について、県や新座市が20年以上かけて再整備し、1987年に再び野火止用水に「清流」が流れるようになったという。



 その流れは用水の始点から数キロは暗渠になっており見えない。小平栄町で用水がようやく顔を見せる。うまく修景されており、玉川上水とくらべささやかな感じがするほど幅は狭いが、なかなかの雰囲気だ。新青梅街道との交差点(20km)を越えているがもちろん暗渠だ。東村山市では、野火止用水を利用してホタルのある風景を復元するためカワニナの育成にも取り組んでいるところも。東村山市恩多町3丁目付近ではダイコン花が細い流れに映えている。信号「松山3丁目」(24km)で小金井街道を横断する。

 新座市の西堀では、用水は分水されて本堀と右手の平林寺堀に流れている。本堀を行く。本多緑道のサクラが美しかった。新座市の総合体育館付近では、野火止用水についての詳しい説明と昔の用水網の絵図が掲示してあり、傍らに用水資料館跡の石碑が建っている。なんとその先で野火止用水は「関越道」を水道橋で渡っている。関越道を行くクルマからは多分見えないだろうが、「野火止水路橋」(写真:下左)と記された細い水路が高速道路をまたいでいる。

 平林寺堀に廻ってみた。いよいよ細い流れだが、復元されて昔日の面影が偲ばれる。本堀に戻り、平林寺裏の用水を行く。平林寺の森と一体になった用水の佇まいはなかなかのもの。「こもれび通」をすぎると用水はもう見ることができない。川越街道を横断し、その先の信号「中堀」から路地裏といった雰囲気でそれらしい雰囲気は伝わるものの用水は暗渠のなかだ。志木駅前(35km)。



 野火止用水らしい雰囲気を楽しめるのは平林寺まで、それより先は緑地になったり、暗渠になったりでトレースするのは至難の技だ。柳瀬川の栄橋に着き、柳瀬川と新河岸川の合流点(39km)で休憩。
 帰路は柳瀬川を行く。清瀬市の城前橋(47km)あたりは明るく伸びやかな雰囲気で、修景もなかなか凝ったつくりにしている。緑地やしゃれた公園も随所にあって飽きない。地元の人たちがサクラ並木の下で花見の宴を開いている。川はなんでも受け入れてくれる。

 柳瀬川から空堀川に入った明治薬科大前(51km)の三郷橋のほとりで「カタクリ祭」がやられていた。林のなかにカタクリがほんの申し訳程度に復元されていた。これからの課題だろう。
 野塩橋(52.5km)を通過。多磨湖自転車道の美住陸橋(58km)まで空堀川の主要部を走り、川から別れた。空堀川は川幅が広く東京側は舗装されているが、柳瀬川となった埼玉側はダートの方が多い。しかし走りやすい川だった。柳瀬川は自然のままというより、かなり整備された人工的な雰囲気がする川である。多磨湖自転車道を東に向けて走る。サクラや梅の咲き残りが美しい。関前の桜橋(68km)から武蔵境通りを神代公園まで(72km)。(2004/03/26)


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