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韓国、軍事境界線ツアー



 Servas韓国という平和団体が、韓国の軍事境界線(DMZ)を巡るツアーを企画し、DMZ周辺を自転車で巡りながら、韓国と北朝鮮の平和や統一問題を考えようと参加を呼びかけてくれた。ソウル郊外から東のソクチョまで約300キロ余りを19人で走った。

 朝鮮半島における軍事境界線(Demarcation of Military Zone 略称:DMZ)とは、半島の陸上で韓国と北朝鮮の実効支配地域を分けている地帯のことで、実効支配地域の境界線であって、国境ではない。朝鮮戦争時の休戦ラインを、1953年7月の休戦協定で決められたのだが、DMZの周囲には南北に幅2キロメートルずつ(計4キロメートル)の非武装中立地帯が設定され、韓国の北緯38度線付近にあるため、日本でも38度線と呼ばれている。ソウルから約50キロ北の板門店もDMZに含まれるが、今回は訪れなかった。

 10月2日、インチョン空港からバスとタクシーでソウルのチョイさんの高層アパートへ。彼は近くのフライドチキン店のオーナーで、その店先でツアーの説明を聞き、近くのノウさん夫婦もやって来て、店でチキンフライの夕食とマッコリで交流。本場のマッコリは秀逸で、同じものを大統領官邸でも供されるという。アパートに戻り、玄関前で自転車を組み立てる。


<第1日目 10/3> アパートから早朝のソウルの街を自転車で抜ける。自転車道、歩道、一般道、トンネル内の細い通路と巧みにチョイさんが先導してくれる。
 夜明け前のハンガン(漢江)を越え、龍山駅まで9キロ。地下駅の階段に手こずるがスムーズに地下鉄ホームへ。
 6時発の電車の自転車車両に乗る。車内設備もヨーロッパ並みだ。自転車は10台ほど乗せられるが、休日利用のサイクリストで、車内は大混雑。自転車固定ベルト、サイクリング下車駅の案内なども充実している。




 途中駅からも参加メンバーが乗ってきて、メンバーとの挨拶も忙しい。ハルピンから来た中国人女性、日本から2人、それに韓国から15人が参加。ウンガルサン駅着7時。韓国のメンバーはそろいのジャージーを着ている。
 美しい風景のウンガルサンをスタート。自転車道は歩道と完全にセパレートされ、レストラン、屋台、ホテル、貸しボートなどが並んでいる。
 9時、民俗食堂でチョンクッチャンという伝統の味噌スープ朝食。



 ハンガンリバーサイクルウェイは廃線跡も利用して作られている、そのトンネルを3本抜ける。その度にメンバーの歓声が長くトンネル内にこだまする。
 標高は50メートル前後で、一部に洪水による砂かぶりも見られる。10時半、130メートルの峠を越える。
 途中、「冬のソナタ」のヨン様の聖地に立ち寄る。ナリナラ共和国とネーミングされている川中の島へ渡りきれない観光客でごった返している。
 州都、チュンチョンでは美しい湖畔に朝鮮戦争で引き裂かれた姉妹の悲しみを歌った女性の像が建ち、演歌が流れている。


  96キロ地点で38度線の碑を通過し、戦争前に「北側」とされていた山に入る。到着は17時半。距離はSinpo Minbakまで103km。標高140mにある、オンドル式のしゃれた小屋で泊まる。
 この国の美風、年寄りを大切にするというしきたりのもとで、ステーキパーティーの準備が進んだ。


<第2日目 10/4> 4時起床。暗いなかの準備と朝食は女性陣が作る。韓国風味噌汁とわかめ飯だ。ライトを点けて5時スタート。
 冬は零下10度の氷の上で穴釣りが有名なハンガンの上流を通る。長い長い浮き橋の上を早朝から散歩する人も。
 最初の10キロの登りが始まる。斜度は9度でゆっくりと登る。標高651mのトンネル出口で休憩。青空が広がる。
 眼下にハンガンが広がる。少し靄っているが渓谷の様子がわかる。
 ハンガンは北朝鮮のクンガン山が源で、平和ダムは戦争になればダムが破壊され、南北双方に被害がでる。だから平和のためのダムをと、韓国側では統一を祈る場所になっている。世界各地の紛争地から空薬莢を集めで鋳造された世界で3番目に大きいとされている鐘をみんなで衝く。ここで「金大中」の写真から出ている手と握手した。


 2度目の峠を通過し、デゥタヨンというところで、パスポートのチェックを受けてDMZを見学する。実際はDMZの外だが、協定前の戦いで北側が地雷を埋めたために「MINE」の警告と鉄条網が張られている。兵士が要所要所で監視している。美しい渓谷は62年以上の無人地帯のなかで生き続け、野豚も棲息している。当時の戦闘を物語る武器の残骸、ヘルメットなどが片隅にディスプレイされている。至近の山の尾根の向こうは北側だという。世界にまれなDMZの存在に納得する。



 途中、白菜の収穫風景を見ながらYanggu Moteまで走り、Sangniというところのペンション着。108キロ走行。ここでも自炊で、合宿のよう。キムチは漬け物屋で大量に仕入れ、鍋、コンロ、ガスなど、自炊道具も用意される周到さだ。
 5羽のボイルしたニワトリをチョイさんが軍手とゴム手をはめてさばいてくれる。塩をつけてレタスと一緒に食べる。マッコリとともにワイルドだ。


<第3日目 10/5> 大部屋で雑魚寝したペンションのオンドルは、この季節にしては暑かった。出発は8時前、霧がかかり視界は1キロ。7キロばかりの長い登りにかかると霧が晴れて青空に。

 途中のSeorakというところでカンさんが合流し、フルメンバーとなる。川沿いの美しいリゾート地帯を進む。雪岳山国立公園の入口を覗き、昼は山菜料理と小豆飯、韓国味噌汁の定食を道端の食堂で食べる。
 チンブリアンの国立公園下山口の標高500mから東海の浜辺までの豪快なダウンヒル、46号線を下る。

 夕陽を背にして東海へ。とある小学校の片隅に日本の「二宮金次郎」のような感じの少年の銅像があった。自宅に押し入られた北のスパイに洗脳されそうになったが「共産主義は嫌い」と云って撃たれ、家族も虐殺された。小学3年生の名はイ・スンボクといい、韓国では反北朝鮮のシンボルという。午後5時、浜に到着。東海のHwajinpoまで、走行100キロ。



<第4日目 10/6> プサンから北朝鮮まで、国道7号線はそのままで続いている。これを統一実現後は高速道路で結ぶ計画で、あちこちで部分完成したり、工事中の現場を見ながら走る。
 国道7号線は緊急事態には仕掛けられたダイナマイトを爆破させ、巨大なブロックで道路を封鎖する備えもあり、まさに和戦両様の構えだ。

 7号線のどん詰まり。人家から遠く離れたところにDMZのチェックポイントがある。
 日曜日なので、多くの見学者が訪れている。なかには、ここのMPに会いに来た家族もいて、肉親同士が抱き合っている風景も。



 高城統一展望台には統一宣言の碑が建てられていた。北朝鮮を至近距離で望めるこの地に立って、朝鮮半島の統一を宣言し、その実現のために決意を新たにしたり、祈りを捧げる場所なのだ。
 海岸部のDMZラインは二つの国を分断している様が明確に確認できるし、小高い丘の上に韓国軍の監視所、はるか丘の上にも北朝鮮軍の監視所が…。天気が良いので、北側の美しい岩山が輝いていた。



 DMZの急坂を下って最初に目についたのはイカを干してスルメにする如何にも平和な韓国の漁村の風景だった。

 東海に面した街ソクチョはとてもワクワクする楽しいところだが、戦争当時は北に編入された寒村だったが、今では東海側の大都会に発展している。ソクチョまで丁度70km。
 函館の魚市場とは比べられないくらい大きなマーケットの一角でツアーの打ち上げ。ホヤ、イカ、タイなど何でもある。



 釜山に戻るメンバーとは早めに別れる。最後に出たのは韓国風潮汁で、魚のアラ、野菜などの味噌仕立てのごった煮が、美味かった。
 ソウルまでは2時間かけてバスで戻る。自転車は無料で自分で積み込む。ソウルのチョイさんのアパートに戻ったのは深夜となった。


<第5日目 10/7> キムチスープ、魚、大豆、エゴマ、椎茸、海苔、小豆ご飯、鰺のようなトゥウギという魚の一夜干しの朝食を頂き、午後からハンガンサイクリング道路をポタリングする。
 サイクリング道路は歩道と完全分離していて、一部に自転車2車線レーンもある。一般道から自転車道への乗り入れもスムーズで、民俗打楽器を練習している中年男女も見られるなどソウルのハンガン風景も面白い。その両岸を58kmほど走る。



 夕方、チョイさんの店に戻り、簡単な夕食後、アパートに先に戻る。彼は店を開けているので、まだ働いている。

 翌朝は帰国日なので、早朝に自転車を分解、飛行機に乗せる準備をする。チョイさんのアパート前からタクシーとリムジンバスを乗り継いでインション空港へ。合計走行はDMZツアー381km、ハンガンのポタリング58km。合計439kmとなった。


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