●HOME ●自転車は楽しいよ  いろいろな自転車  自転車の乗りこなし
 自転車と道路  サイクリングの実際  自転車旅とGPS  自転車と健康
 海外cycling塾 ●近場のサイクリング  国内自転車旅  海外自転車旅
●お役立ちリンク


海外cycling塾



 秋口から年末にかけて(第14回〜第19回)

 塾は9月から再開し、年末までに6回の例会走行を行った。この詳細について、まとめる時間が取れなかったので、事実関係だけの列挙にとどめたい。業務で多忙を極めるMさん、家庭の事情で欠席がちなTさん(12月に入り退会される)の不参加もあり、全員がそろうことは叶わなかった。

第14回(2008/09/04-05・・・4人) 山中湖-忍野 31km。翌日は山伏峠-道志の湯 31kmクルマ輪行
第15回(2008/10/02・・・3人) 夕焼け小焼けの里 82km
第16回(2008/11/06・・・3人) 多摩湖 50km
第17回(2008/11/20・・・3人) 多摩川支流巡り 104km
第18回(2008/12/04・・・2人) 宮ヶ瀬湖 106km
第19回(2008/12/18・・・2人) 善福寺川-神田川 51km

 こうして当塾も1年が経過した。まったくの初歩から初め、1年後には、ほぼ多摩全域を走ることができるようになったのは大きな進歩だ。事故もなく、退会者を除いて自転車ツーリングの楽しさを体験していただいた。
 問題もある。多忙などのため、十分な走り込みができず、ツーリングに適した体力づくりにつなげることができなかったメンバーがいることだ。持続的練習を重ねないと、体力アップできないこと自体は体験し、理解していただいたと思う。トレーニングの強制もできないし、するべきではないので、それなりの目標を掲げて本人の努力を待つほかない。



輪行で「ろうばいの郷」へ(第20回) 60km 今回のルートをGoogle Map で見る


 塾2年目、例会も20回を迎えることになった。本年初の例会の例会場所を検討してきたが、みなさんには、多摩エリアはほとんど走り尽くした感があるので、今後の例会は「輪行」を中心にしたいことを伝え、申し込み制に変えた。
 これにたいし、メンバーからは「輪行で1日つぶれるのはいや」「通勤客で混む都心を輪行で通過するのはどうも」などの意見があり、今回の参加はKさんのみとなった。

 日帰りの場合、輪行はどうしても1日かかるのはやむを得ないし、電車が混み合う都心部での輪行を避けたい気持ちもわからないことはない。しかし、そのような理由で輪行を避けるのでは、サイクリングの世界を自ら狭めてしまうことになる。
 もともと、当塾は海外自転車旅を目指すものだし、海外自転車ツアーにおいては輪行は不可欠である。往復の航空輪行はもちろんのこと、現地でも様々な理由で輪行をしなければならないことも多い。列車やバスによる移動、疲労や病気、予定外のルート変更など、いろんなケースが考えられる。
 輪行は、いざそのときになってからやるのではなく、日常的に慣れておく必要がある。気軽に、そして手軽にこれができないと、つい疎遠になってしまうことになるので、2年目は輪行を多くしたいという趣旨だ。

 さて、「ろうばいの郷」行きのこと。
 早朝、府中本町駅で落ち合ったが、夜明け前に自宅を出ることになるのでKさんもライトを使用。これは常識だ。
 改札付近の通勤客に邪魔にならない場所で約30分かけて輪行支度をし。7時頃の武蔵野線で高崎線の倉賀野駅に向かう。武蔵野線では最後尾の車掌室との境に自転車を置く。そうすると乗換駅で歩く距離が長くなる。通勤客に気を使いながら、なんとか2回の乗換えで高崎線に乗ることができた。ここでも最初は込みあっていたが、熊谷をすぎるあたりから徐々に空いてきた。県境の神流川を渡って2つ目の倉賀野で下車する。前橋などの拠点駅は概して構内も広く、自転車を担ぐ輪行はたいへんなので、田舎駅で下車するのが賢明との判断だ。
 倉賀野駅で自転車を難なく組み上げ、10時に利根川支流の烏川を目指し走り始める。さすがに群馬の空っ風は凄い。平地でも時速14キロ程度がせいぜいだ。場合によっては時速10キロに落ちることも・・・。
 一般道をなるべく川沿いに向けながら走ったところ、幸いにも「烏川・碓氷川サイクリング道路」と出合い、烏川右岸に入ることができた。視界をさえぎるものはなにもない。まず目に入るのが真っ白に雪をまとった浅間山だ。いつも多摩川流域を走っているので、富士山以外のランドマークを見るのは新鮮だ。輪行で遠隔地に来てよかったと思うのはこんな瞬間だ。北東部に目を向けると、すっすら雪をかぶった山々が連なり、その背後には上越方面の山も見える。
 そんなに走っていないのに川の名前が碓氷川と変わる。烏川は広い氾濫原の向こうで分岐していたのだった。気持ちよくサイクリング道路をたどり、群馬の風景を楽しんでいたのだが、やがて行き止まりに・・・。行き止まり標識もなにもないところが如何にもぶっきらぼーな群馬県らしい。
 腹を立ててもしかたないから、一般道に戻ったが、そこは有名な達磨寺付近だった。向かい風とのたたかいに時間を取られているので、急階段登りとなる達磨寺詣りはパス。やがて帰路の輪行発駅に予定している安中駅を通過。一般道はクルマも少なく走りやすい。このあたりで、Kさんの延べ走行距離は3000キロを越えた。

 

 碓氷川沿いから、九十九川(つくも)沿いへと低い尾根を越えて、なおも走る。風は相変わらずだ。左手にゴツゴツした妙義山が間近に迫ってくる。恐竜の背のような山塊は結構横長でアップダウンが凄い。「ろうばいの郷」への案内板が頻繁にでてくるようになり、大きく右にそれたあたりが「ろうばいの郷」だ。  安中あたりから標高300メートル以上も登ったここは標高400メートルを越える上細野原高原。山里とも呼べない開けた台地に1万2千本のロウバイが咲き匂っていた。台地は、はるか周辺の山々に囲まれ、残雪の冬枯れの野に黄色いロウバイの林が輝いていた。地元の人達が30年かけて手入れをし、育ててきたのだという。
 ロウバイは挿し木できず、実生から育てるらしい。大部分は花びらが丸い「満月蝋梅」と呼ばれる種類だが、なかには、花びらの先が細く尖った「素心蝋梅」もあった。梅の香りほど強くはないものの、ほのかな甘い香りがなんとなく奥ゆかしくて、いい気持ちにさせてくれる。

 午後は「ろうばいの郷」から福寿草が自生しているという木馬瀬(ちませ)地区まで登ってみたが、咲き始めるまで2週間早いとかで、お目にかかることはかなわなかった。
 帰路は松井田を抜けるルートをたどる。ところどころに下仁田ネギの畑も見える。補陀寺という大きな寺の境内では、ご近所のおばさん達が清掃に精をだしていた。ここからの妙義山のシルエットも素晴らしかった。松井田の街を過ぎ、旧中仙道を安中に向かう。途中の磯部温泉の「恵みの湯」で一風呂浴びて、冷えた身体を温め、最後の6キロを走って安中駅へ。

 往路と同じルートで輪行したが、最も込みあったのは武蔵野線だったが、最後尾に乗車したので、問題はなかった。ただ、ホームを長い距離にわたり「担ぎ」ながら歩かねばならないKさんは気の毒だった。後輪を袋から露出させて、自転車ヘッド部を上にして転がすやり方を研究してみるということだった。はっきりいってボクが考案した「後輪ころがし移動」は、自転車の重さが肩に食い込むことなく楽ちんなのだ。(2009/01/15)



スイセンの城ヶ島と北鎌倉(第21回) 53km 今回のルートをGoogle Map で見る

 早春の花、スイセンを求めて城ヶ島へ。往路輪行は南武線から6:39発。この時間、すでに川崎方面への通勤客で車内は混み始め、やや遠慮勝ちに最後尾に乗車。川崎ではJRから京急線まで300メートルほどの歩き。京急線特急もやはり通勤電車だった。途中でたくさんの学生や通勤客をはきだし、終点、三崎口ではパラパラと下車。先に到着していたSさんは、自転車の組立てをほぼ終えていた。

 出発は9時15分。三浦半島南部の台地にある三崎口周辺はちょうど三浦ダイコンの収穫期で、農家はダイコンを軽トラに積み込むのに余念がない。ここから東に向かって海岸線までのんびりと下る。金田港をかすめて城ヶ島へ。ダイコン畑に混じって、見晴らしのよい宮川公園では2基の発電風車がゆっくりと回転している。こちらものんびり走って、城ヶ島への有料橋(自転車は無料)に向かう。

 

 県立城ヶ島公園(14km)に着いた途端、スイセンの強烈な香りが鼻を衝く。入場無料の園内では園路に沿って、八重咲きスイセンが見事に咲きそろっている。クロマツもスイセンの背丈とバランスがとれるよう低く剪定されてあり、手入れが行き届いている。展望台からは冨士山や館山方面もみえることになっているのだが、あいにくの春霞で水平線も定かではない。島の東端の安房崎灯台で潮騒を楽しみ、海鳥ウミウが観察できる展望台からは、黒いウミウが断崖で海に向って屹立しているコロニーがようやく見えた。
 城ヶ島の真向かいの三崎港で魚市場を冷やかし、マグロ丼で少し早い昼食とする。午後は、油壺湾から葉山、森戸海岸と半島の西海岸を走る。途中の御用邸前ではやたらと警備が厳しく皇族の到着かもと話しあった。海岸線から北上し名越の切り通しのトンネルを抜けて鎌倉へ。梅が咲き始めた鶴ヶ岡八幡、明月院、円覚寺に参拝する。清楚なスイセン、清潔な北鎌倉の社寺の佇まいに触れて心が洗われる思いだ。城ヶ島から北鎌倉まで39km。都合53キロの軽やかな早春サイクリングとなった。
 帰路は北鎌倉駅から輪行(15:31 発)。鎌倉観光で有名な駅だが、線路を横断してホームに上がる田舎の駅そのもので、スイカを読み取り機にタッチしてホームに上がれるので簡単。輪行はこうした小さな田舎駅からがベストだ。

 Kさんは前車輪をはずし、エンド保護具をつけ、ハンドルを沈めて回転させて輪行袋に入れる作業を10分以内でやり遂げた。さらに乗り換え駅などで長いホームでの「担ぎ」から「後輪転がし」にもチャレンジした。
 Sさんは、明日から五島列島の長旅へ、さらにまた3月から5月にかけてニュージーランドの南島と北島を縦断するという。当塾もこうして海外自転車旅を企画・実践するメンバーも現れはじめた。(2009/02/05)


百草園と鶴見川(第22回) 80km

 参加のSさん、Mさんそれぞれに、夕方から所用があるというので、今回は多摩地域の近場を走ることにする。メンバーや気象条件など、その時点でもっともふさわしいルートを選択できることも自転車のいいところである。
 3月初めには自転車をオーバーホールに出し、下旬にニュージーランドに向かうため準備に余念のないSさんさんとは今日が最後のランとなる。彼に「フォーク抜き輪行」についてアドバイスする。

 出発は9時15分。多摩川を遡上し、四谷大橋から川崎街道にでて、百草園への丘陵をゆっくりと登る。百草園は規模はたいして大きくはないが、四季を通じて花木が楽しめる名所の一つ。数百本の紅白の梅は満開で、盛りを過ぎたロウバイ、終わりに近いスイセン、10センチほどに伸びた福寿草もまだ咲いていた。珍しいところではマンサクも見られた。目立たないが個性的だ。廃寺に作られ良く手入れされた南東斜面の和風庭園は、尾根筋のスダジイの巨木が包み込み、はなやいだ趣。若山牧水、芭蕉の句碑もある。尾根からは都心方向が展望できた。

 丘陵を駆け下り、しばらく大栗川に沿って走り、和田、豊ヶ丘、南野と多摩ニュータウンを北から南に抜け、小野路から鶴川に出て鶴見川にたどり着く。以前にも走った鶴見川だが、ルートを変えてみると変化があって面白い。
 寺家の手前でMさんがこのあたりは通勤路だといいだし、彼の案内で「寺家ふるさと村」の小さな和風茶屋といった趣の店で昼食とする。コースを外れて、予定外の行動も簡単にとれる見本のような自由さで、寒桜が咲く早春の「ふるさと村」の雰囲気も楽しむ。



 鴨志田橋で鶴見川に戻り、常盤橋からはアンダーパスで切れ目のない走りを楽しむ。やがて横浜スタジアムを右に見て、鶴見の流れは大きく東に転換する。綱島で鶴見川を離れ、しばらく早渕川を遡上する。その後、第3京浜手前で中原街道に入り、丸子橋方面を目指し、多摩川の手前で等々力緑地に入る。ここには産業史を飾った日本鋼管の「転炉」が実物展示されている。突き出た巨大なギアが、もぎ取られた手のようにも見える。
 緑地を出た多摩川堤防には満開の河津桜が数本。ここでニュージーランド縦断ツアーに向かうSさんと別れ、多摩川を遡上する。今回は、春の花々を愛でながら、6月に再会を約束しあったSさんの海外ツアー激励サイクリングとなった。(2009/02/19)

図師小野路歴史環境保全地域(第23回) 50km

 2月から3月にかけては例年なら好天が続くのに、今年は何故か悪天ばかり。たまたま今日は春らしい陽気の「啓蟄」となった。Kさんをともなって、最近、「にほんの里100選」のひとつとして選定された「図師・小野路歴史環境保全地域」を訪れる。
 朝日新聞社などが主催して、日本の正しい田舎をピックアップし、その景観や文化を後世に伝えようという試みなのだが、そのなかに東京の田舎が選ばれた意義は大きい。よく云われるように、日本には二つの国があり、そのひとつは「東京」で、他はそれ以外の日本をひとくくりにして揶揄され、そう呼ばれている。その東京のなかに、「他の国」に属する田舎があったなんて、それだけでも面白いではないか。東京にも田舎があったのだ。

 図師・小野路歴史環境保全地域は東京都が1978年に条例で指定した37ヘクタールの里山で、周辺は多摩ニュータウンやゴルフ場にも隣接していて開発されつくされいるのだが、この多摩丘陵の中にひっそりと抱かれ残されている。ここには標高100メートルほどの雑木林に囲まれた谷戸といわれる谷間の田畑が4個所ばかり集まっている。松下谷戸、五反田谷戸、神明谷戸、萬松寺谷戸である。
 五反田谷戸では保育園児がノビルやバッタなど自然と親しんでいたし、神明谷戸では大雨で崩れた一部の斜面を修復していた。保全地区を管理する苦労がしのばれる。明るく広い雰囲気を持つ萬松寺谷戸でも、早春の野草を採っている風景も見られた。
 自転車でこれらの谷戸に入ることはできない。谷戸は雑木林から得られた雑木や竹を使って畔や水路を管理しており、ようやく歩いて入れるのだ。しかも広い谷戸への入口はわずかに2〜3個所ほどしかない。現代社会からひっそりと隠れて、昔ながらの息づかいを見せてくれる場所だった。(2009/03/05)

名栗湖へ(第24回例会)120km  今回のルートをGoogle Map で見る

 秩父の少し手前の静かな山里、名栗。ここには多目的ダムの有間ダムもある。多摩川中流域からは少し遠いが、しっかり走れば日帰りは十分可能だ。
 このダム湖、別名「名栗湖」をKさんと2人でめざす。多摩川CRにそって、まずは青梅へ。羽村堰の先の「チューリップ畑」はようやく葉が出始めたところだ。
 青梅北からは青梅七福神のひとつ聞修院前を通って成木街道を行く。成木街道はたまにダンプが通るものの、比較的交通量もすくなく走りやすい。ゆるい峠をふたつ越えて、最後のややキツイ小沢峠のトンネルを抜ければもう埼玉だ。
 トンネルから豪快に名栗に向けて下る。名栗に着けば、名栗川に沿って山里を走り、最後のダムへの坂を登る。ここまで60キロほどで約3時間。


 ロックフィルダムの堰堤から4キロの周遊路を巡る。湖の中程にカヌー工房もあり、釣り糸を垂れている人も・・・。静かなダム湖だ。
 休憩後は、ルートを変えて、入間川沿いに走り、岩根橋から岩船街道を走る。岩蔵温泉を抜け、笹仁田峠から圏央道を横断し箱根ヶ崎へ。狭山丘陵の野山北公園に立ち寄り、咲き始めたカタクリと出会う。ここのカタクリは実生で少しづつ増やす努力を続けている。
 そして多摩湖に上がり南側のサイクリング道路を走る。武藏大和からは多摩湖サイクリング道路に入り、都立小金井公園まで真っ直ぐな道を行く。梅、早咲きのカンヒザクラ、コブシも美しかった。当塾を初めて約1年が経過したが、今回はこれまでで最長距離を走ったことになる。(2009/03/19)

海外サイクリング塾再開(第25〜26回例会)  

 スペインから戻ったので、海外サイクリング塾を再開した。ボクがスペインを走っている同じ時期にSさんはニュージランドを走っていた。それも南島から北島へと縦断しつつ、さらに幾つかの地域を訪れ、いわゆるキャンピングをしながらの本格的なものである。

 そのSさんも帰国したので、Kさんとともに近場を走った。目的は、この時期の花菖蒲巡りで、川崎の生田緑地と東高根公園(第25回、2009/06/04)と東村山の北山公園(第26回、2009/06/18)である。
 Kさんはアヤメとショウブの違いについて詳しい説明をしてくれた。梅雨時のもっともポピュラーなアジサイはあちこちに見られるが、花菖蒲となるとどこにでもあるものじゃない。日本的なしっとりとした感じがいい。

 その際、話題になったのは輪行袋のこと。袋の生地が薄くて穴があいたりことなど、使い勝手をめぐるトラブルだ。そこでボクが最近、入手した少し変わった輪行袋を持参し、扱い方を披露した。




    1輪車転がし

 海外自転車旅に不可欠な「航空機輪行」は別にして、気軽な輪行は、サイクリングの行動範囲を広げ、公共交通機関を利用してどこへでも行ける。その際に自転車をたたんで行うのが輪行だ。
 輪行は国内外を問わず、遠隔の目的地に自走しないで行きたい場合や、なにかのアクシデントでサイクリングを中断などするときに使える方法で、国内ではほぼ無料で持ち込める。ただしバスは持ち込みの可否について事前確認したほうがよい。

 「輪行」とは奇妙な言葉だと以前から感じていた。文字通りなら「サイクリング」という意味だが、『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、もともと競輪選手が競輪場まで自走することを「輪行」と呼んでいたことから転じた言葉だというので納得。海外では自転車をそのままの状態で持ち込める国が多いので、これは日本独特の「文化」だ。

 さて、その便利な輪行だが、ひとつだけ困ったことがある。それは改札口近くで、輪行状態に荷作りしたとして、駅構内を電車まで運ぶ労力のことである。いつも自転車に乗せてもらっているので、たまには担いでやってもいいのではと思っているうちはいい。しかし巨大駅でこれを繰り返すのは、まさに重労働なのだ。そういえば、昔は「ポーター」という名のオジサンが大きな駅にいたことを思い出す。
 そこで以前から、ボクがやっていたのは「1輪車転がし」である。駅構内と車内は自転車を袋に入れるルールがあるので、これに従うのだが、構内移動の重労働から解放されるために、袋の一部から後輪をはみださせ、ヘッド部を上にしてサドルとヘッド部を支えて「1輪車転がし」を行うのである。そのために輪行袋に細工を加えていたのだが、最近、その専用袋を入手した。使い方は、ボクの従来からの方法と同じなのだが、後輪を露出させた袋の端をホックとベルクロで止めるように作られているのがミソ。(商品名『輪行袋クルクル』・・・長谷川自転車商会オリジナル・・・ほかでは買えない)。

 扱い方は図の通り。輪行そのもののやり方は次を参考にしてほしい。



  輪行のやりかた

 輪行は、前後の車輪をはずして本体部分にはさむ形でバッグに収納するのが一般的に行われているやりかた。しかしランドナーの場合は泥除けやキャリアがあって分解に時間と手間がかかるので、ボクは別の方法で行っている。
 この方法のメリットは、泥除けをつけたままコンパクトにできること。タイヤもつけたままなので、エンドも輪行袋も痛めない。慣れれば5分間でできる。
 まず本体部に関する留意点は、ギアの保護のためチェーンはアウタートップにかける。次に前輪をフォークごと抜く。手順は、前ブレーキ本体を押し上げ、アーチワイヤーを外し、チドリからも外す。ハンドル中央部のネジを6mmアーレンキーで緩め、ハンドルを抜いてトップチューブに掛ける(ブレーキワイヤーはそのまま)。輪行スパナでヘッド小物(袋ナット、アウター受、舌付ワッシャー、上玉押し)をすべて外して、フォークを抜く(泥除け・タイヤをつけたまま)。前輪部分にタイヤカバーをかぶせる。袋への収納は、本体を持ち上げ袋を着せるようにして入れる。前輪部を本体側面に入れて袋を閉じる。必要に応じて、ショルダーベルトを使用するが、車両への乗降時は袋の上からサドルの先端を掴む方が楽で確実。


和田峠越え(第27回例会) 100キロ 今回のルートをGoogle Map で見る

 梅雨の時期の天候の判断は難しい。でも開き直ればサイクリストも少ないし、静かなサイクリングができる。
 第27回目の例会は、Kさんが相棒。メンバーのSさんはこの時期に東北方面にキャンピング仲間とツアーに出かける準備のため例会はお休み。梅雨に打たれつつテントを張るのはかなりの勇気が必要だと思うが、どんなものだろう。

 八王子の恩方地区にある「夕焼け小焼けの里」を目指す。ここは昨年(2008/10/02 第15回例会)に走ったところだが、今回はさらに足を伸ばし和田峠に駆け上り、神奈川県側に降りるルートをとることにする。

 走り始める前から弱い雨が続いており、雨の中の走行経験が少ない例会としては、願ってもない「雨練習」となった。雨の日の走行は、@ブレーキの制動距離が伸びる Aスリップしやすい B見通しが悪い(雨そのものや霧、フードによる視野の悪さなど) C濡れ、体温低下、発汗など身体的な影響 Dバゲージ類の防水対策・・・などの悪条件が揃うので、余裕をもった走り方が求められる。

 夏の雨の装備は、レインウエアの上(合羽)のみで、ズボンは蒸れるので付けない。当然下半身は濡れるが、構わないと割り切る。(最近は、膝下までのレインウエアーも売られている。これは股の裏がオープンなので蒸れないし、冬場の防風にも良いだろう) 強い降りならフードをかぶるが、視野を確保する工夫も必要。
 冬場は身体が冷えるなど、かなりつらい走行となるが、梅雨の時期はむしろ炎天下より快適に走れる。今回も「暑さ知らず」だった。ランドナーには「泥除け」(マッドガード)が付いているので威力を発揮する。レインウエアは発汗の程度に応じて、ファスナーで調節すれば常にインナードライな走行ができる。
 当然、バゲージを付けている場合は防水対策を施す。ボクの場合は、フロントバゲージとハンドル全体を覆うカバーを自作しているので、手元もドライに保つことができ、特に冬場の手先の濡れと温度低下防止に役立っている。


 和田峠は、多摩地区のサイクリストの間ではちょっとした存在である。標高は700メートル程度とさして高くはないのだが、峠の直前に「激坂」が待ち構えている。おまけに狭い道幅をマイカーも通るのでたいへんなのだ。
 今回は、この陣馬街道を峠まで登り詰めることはせず、醍醐川に沿って作られた醍醐林道を登った。こちらは途中で一般車両は通行止めになるなど、誰にでも奨められるルートではないないので、あくまで自己責任でお願いしたい。こちらは「激坂」はないので、ゆっくり、のんびりと和田峠に登ることができた。峠は霧の中だった。
 休憩後、津久井に向かって、豪快なダウンヒルが楽しめるが、路面が濡れているので、慎重にくだる。途中「紫陽花まつり」の幟り旗とともに、山間の見事なアジサイと出会った。
 相模湖から津久井湖へ、そして相原へと抜け、多摩NTの尾根幹線で帰路につく。(2009/07/02)


トレーニングの修了
 

 2007年12月から始めた「海外cycling塾」は、細々と続いている。モチベーションが持続せず、やめられたメンバーもでたが、無理をせずに2年間以上続いているのだ。
 この間に、いろいろ見えてきたことがある。こうした趣味の世界にも、それに対する構えというか、モチベーションの持ち方によって、差がでてくるということだ。
 目標としては、当初から、海外である一定期間サイクリングできるだけの体力作り、そして必要なノウハウを身につけてもらうことを目指したが、これは参加者それぞれ、個人の姿勢により、大きな差が生じてきている。
 この間、2度にわたって海外ツーリングを体験した参加者もいる反面、仕事があまりに多忙で、自転車と向き合う時間が取れずに、体力作りもままならない人もいる。
 「塾」としては、そのどこに照準をあわせて運営するべきか。悩ましいことでもある。要は、個人個人の姿勢に尽きるのだから、それぞれの自覚に待つほかない。
 こうした個人差による体力作りは別にして、この2年間の活動を通じて、自転車のメンテナンス、輪行を含む、大方のことについてはマスターしていただいたように思う。
 というわけで、ここらあたりで国内でのトレーニングを目的とした塾は一旦修了としたい。今後、海外自転車旅をめざす人たちは初回から27回までの記録と各コラムを参考にしてほしい。(2010/08/31)





海外サイクリング塾へ戻る            海外自転車ナビ術へ