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チェジュ島周遊記

10月11日(晴、気温14度)

  「チェジュ島は小判型の島で、中央に韓国で最も高い山ハンラサン(漢拏度山1950m)がそびえています。海岸線沿いに島を1周する幹線道路(12号線)が通っており、わりと交通は多いほうです。島を1周するには、この幹線道路をメインに使い、裏道があるところは、なるべく裏道を走りたいと思います。」 旅立つ前に相棒となるSさんと交わしたMailに、このように書いた。 大韓航空は定刻に成田を離陸、チェジュまでちょうど2時間で、長崎に行くのと大差ない。自転車は韓国語でチャジョンゴと呼ぶ。自転車を搭載時の荷扱いや機内で壊されないための特別の荷造りを3日前にして、成田に送っておいた。空港の託送会社でこれを受け取り、大韓航空のカウンターで特別扱いを頼む。ウォン(w)は、2万9000円相当分を成田で購入。1000円が約10000wで、計算が分かり易い。

 チェジュの入国審査ゲートで、ホテルを予約していない日本人に不信感をいだいた入国管理官が厳しい顔で「ホテルはどこ」と聞いてきた。日本語がわかる係員を呼び、詳しく質問された。「ボクらはこれから観光案内所で民宿の予約をするんです。チャジョンゴで島を1周するのでね」といったら、係官の顔がとたんに崩れた。



 チャジョンゴはなんとベルトコンベアから出てきた。まず、帰りの機のリコンファ−ムを終わらせ、観光案内所で島内観光地図を入手。11日に泊まる城山日出峰と、12日の和順(ワスン)の民宿を予約した。どちらもオンドルがある民宿を希望した。1人、1泊(素泊まり)20000w(2000円)という安さだ。  空港でチャジョンゴを組み立てているとき、そばを通った韓国人クルーとおぼしきユニホームの男性がしばらくチャジョンゴを眺め、「島を1周するのですか、羨ましい」といって去った。組み終えて、梱包材料や輪行袋を空港の荷物預けにデポする(15000w)。3日間で1500円だから、すこし高めかな。水(500ml、1000w)を確保して出発(14:00)だ。  まず空港近くの景勝地「竜頭岩」に行く。この島の自然がつくりだした溶岩の風景だ。なんでも竜宮に住んでいたという竜が昇天しようとしているところと解説があるが、まあ、ありきたりの観光スポットといった雰囲気で長くいるところではない。次の観光スポット「観徳亭」を目指す。こちらは韓国の伝統的な歴史的建造物で、15世紀に武道の修業場として立てられたチェジュでは最古の木造建築物というのだが、修理中で入場できなかった。

 済州市内は活気があり、ゴミゴミしている。済州市博物館(15km、15:20)前を抜け、12号道路沿いに時計回りに東進する。 済州市周辺は歩道兼自転車道が整備されているが、デコボコ舗装で走りやすいとは言えない。以降、主として右側通行の右側の路側帯を走る。島をめぐる周回道路12号線は済州市内で3車線、すこし郊外に出れば2車線、田舎になれば1車線と変わる。島の東を回り込み、金寧海水浴場(31km、16:40)を通過する。このあたりの海岸部に風力発電風車が12基並んでおり、島を抜ける風が相当に強いことをうかがわせる。周回道路の両脇には、溶岩を積み上げて囲繞した畑が、延々と続く。日本の段々畑の印象と違って、茶褐色のゴツゴツした溶岩の囲繞は隙間だらけで独特のおもむきがある。もちろん島の強風から作物を守るためなのだろう。この島は浸透性の高い溶岩で覆われているから、溶岩の上に海草を敷きつめて土を作り、作物を植えるという辛苦の作業の連続だ。特に問題なのは水だ。溶岩には保水力がなく、立ち枯れ状態の陸稲も随所に見られた。スプリンクラーで絶え間なく水を供給してやらないと作物は育たない厳しい環境のなか、農民は水管理に余念がない。



 本日の行程の約3分の2の距離にある1112号道路との交差点(42km、17:10)を越えて、島の最東端の景勝地、城山日出峰に着く(57km、18:00)。 今日は4時間で57kmの走行だから、ペースとしてはまあまあだ。 予約してあった民宿を探すのに、周辺の人々にメモを見せて教えてもらい、簡単に見つけることができた。民宿といっても立派な構えで、室内も清潔だ。はじめてオンドルの部屋に泊まったが、薄い布団をとおして、床暖房が伝わる仕組みだ。しかし、この季節はその必要もなかった。夜は周辺の観光客目当ての食堂に入ったが、食いきれないほどの刺身と海鮮スープが美味かった。焼酎をしこたま飲んで一人50000wだ。オンドル付き民宿は1人、20000w。

10月12日(晴、気温22度)

 朝、5時に起床して日出峰に登り、6時35分の日の出を見る。城山日出峰はもとは独立の火山島だったが、今はチェジュと陸続きになっている死火山で、世界最大とのふれこみだ。高さ180mの火口壁から見下ろす噴火口は緑で覆われていて美しく、その向こう側の火口壁の奇怪な壁を通して見る海も美しいところ。暗い海に浮かぶイカ釣り漁船の強いライトが次々と消え行き、水平線の雲が茜色に染まるにつれ、日出峰の噴火口の輪郭が次第にハッキリと見え、モノトーンが緑色に変わる。薄い雲をフィルターにして真っ赤な太陽がグングン上がる。素晴らしいロケーションからの日の出である。その先は長崎あたりだろうか。早起きの韓国人観光客が30人ほど、静かに1日の始まりのショーを眺めていた。朝食は、近くのホテルの食堂で鮑の粥(10000w)を食った。この島の食文化は四方の海からあがる海産物と島の野菜が中心で、日本でいうところの一里四方のものを食するといった表現がぴったりで、伝統食そのものだ。朝鮮半島の食肉文化はこの島には見あたらず、石鯛などの磯の中型魚を頂点に、タチウオ、イカ、カニ、鮑、名も知らぬ小魚などを食す。なかでも島の名物のひとつが鮑の粥で、粥に鮑の内臓を溶き入れて、刻んだ鮑をトッピングしたものを出してくれる。もちろんキムチなど小皿が数枚添えてある。粥を口に入れると何ともいえない芳香が広がる。まさに最高の味だ…マシ、イッソッソヨ!。



 出発(9:00)の前に、日本語をしゃべる70歳の女性の店で水を買う(500w)。彼女は一人TVの前に小さな膳ををすえて、朝餉の皿を並べ、箸を動かしていたところだった。その姿がなんとも可愛く、決して豊かではないが、島の風と太陽とともに歩んできた人生を感じさせる風貌をしていた。空港以外で日本語を話せるはじめての島民だった。そのバアサンと写真を撮る。日出峰の隣の岬に回る。道さえあればチャジョンゴはどこでも走れる。海の上に延びた廊下といったおもむきの道路を経てソプチコジ(7km、9:30)に向かった。コジとは岬を指す。ここも最東端のひとつに数えられるだろう。岬に広がる溶岩の黒いうねり以外になにもなく、大きな観光用看板と駐車場とトイレがあるきりだった。そこから10数キロ走り、済州民俗村博物館(26km)に立ち寄る。ここは19世紀の島の祖先がどのように暮らしていたのかを展示している野外博物館だ。広大な敷地の周回路にそって、強風に耐え抜くために縄で頑丈に縛り付けられた独特の藁葺き屋根の小屋の姿が目に入る。その軒下にはトウモロコシがぶら下がっていたり、狭い小屋のなかには農民とともに牛がいたりする。秋田の曲り家のような構造だが、もっとシンプルで小さい。その小屋を溶岩を積み上げた囲繞が囲む。島を襲う強風から小屋を守る知恵だ。中庭の中央には床几が置かれ、そのうえには、あの赤唐辛子が干されていた。厳しく、生産性がほとんどあがらない当時の農民の生活が再現されている。

 小屋の裏にも低い溶岩の囲繞があり、そのなかで黒豚が昼寝をしていた。囲繞の上には板状の石が2枚渡してあり、その隙間から人間が排泄する仕掛けで、その排泄物を豚が食べるといった究極で、原始的なリサイクル生活が島の日常のなかに確立していたことをうかがわせる。島の名誉のために記すが、今は清潔なトイレ…洗手間がどこにでもあり、衛生状態は極めてよい。博物館の入口付近では、四人の民族衣装の男性が鉦と太鼓をたたいて踊っていた。頭につけた白く長いリボンが首を傾げる動作にあわせてクルクル回るのはなんともユーモラスで、韓国の平和な伝統文化の一端を垣間見るおもいだった。



 周回道路12号線は、ときに50キロになったり、場合によっては80キロの高速道路並みになったりする。とてつもなく広い道幅の周回道路をトラックやバス、タクシーが飛ばして行く。その右端を走るのだが、自動車のマナーは良好だった。広いところでは大きく避けてくれるし、狭いところでは徐行してくれる。たまにクラクションで追い立てるのもいるが、これも日本ほどではない。こうして1118号道路(40km、12:30)を横断する。島の気候は暖かく、服装はレーパンとTシャツ姿で十分だ。ベストも脱ぐほど暖かい。次の観光スポットは滝だ。島の南側は4〜50メートルの断崖となっているところが多く、その上から滝が落ちているところが数カ所ある。正房滝もそのひとつで、こちらは直接海に落下している滝として有名らしい。入場料(2000w)を支払い、急な階段を下りて滝を見に行く。途中のテラスから100メートルほど離れた滝を見る。なるほど滝は海とつながっている滝壺に落下している。滝幅5〜6メートル、高さ30メートルほどといったところか。滝壺に行くにはいったん海岸に降りて、ごろた石をかき分け進む必要があるので、テラスから遠望するだけにして引き返した。今日は80kmほど走らないと宿には着けない。寄り道をそこそこにして先を急ぐ。11号道路との交差点(55km、13:25)、99号道路交差点(71km、15:45)を通過して、いよいよ南海岸最大のリゾート地、西帰浦(ソギポ)である。ダイビング、釣り、ゴルフなどレジャーならなんでも揃っているといった感じのところだが、サイクリストにとってはアップダウンが結構きつく、泣かされる地域だった。もうどこにも立ち寄る時間も残されていないので、キョロキョロせずに、ひたすらこのリゾート地を通過する。

 リゾート地のなかでも特にホテルなどが集中している中文観光団地というところを通過すれば、まもなく今夜の民宿があるワスン…和順だ。中腹に山房窟寺を抱えた山房山と竜頭海岸がある絶景地である。全山岩山のこんもりした山肌が西日に輝き、目を転ずれば海は濃紺の深みを増している。山房窟寺の門前の店とおぼしきところで民宿のありかを尋ねる。民宿は山房山から海岸へと広がる斜面の中腹にあった(87km、17:30)。 案内された部屋は2階にあり、日本でいうところの2LDKタイプで、キッチンとシャワーが付き、ダブルベッドの広い部屋とオンドルの部屋があった。ここの海岸で長逗留する人たちのためだろうか、調理器具や食器も十分に備えつけられていた。これなら、数人がゆったりと過ごせる空間だ。料金はやはり1人当たり20000wだった。もうなにも言うことがない。シャワーの調節が難しかったが、これで気分を一新させて、山寺の門前の食堂に向かう。この店ではリャンという女性がかいがいしく世話をやいてくれた。ただ飯を食う客にたいし、海鮮鍋の料理を取り分けてくれたりするサービスは日本にはないものだ。隣のテーブルでも地元の男たちが別の女性にいろいろ世話をさせて盛り上がっている。ブツ切りの小魚…オレギの刺身に唐辛子味噌をつけて食するのが美味く、お代わりをした。二人して島の名物焼酎でメートルを上げたのはいうまでもない。たらふく食って飲んで一人30000wだった。こんなに安くていいの?。

10月13日(快晴、気温12度、風強し)

 4時に起床。満天の星だ。星の数はこんなにもあったのかと改めて驚く。日常、夜の光に溢れ、しかも汚れた空気の街に暮らしているのだが、ここに来るとそのことにあらためて気づく。星空もボクの心を洗ってくれた。 出発は空が白みはじめた6:15。夕方のフライトに余裕をもって走ろうと相談した結果の早立ちだ。快晴。空気が冷たい。アームカバーをつける。目の前に山房山の岩山が聳え、お寺には明かりが灯っている。真っ直ぐに西に向かう道をとる。



 今回は、山で使うコンパスが役にたった。コンパスで指す北方向に地図上の北を合わせたうえで、コンパスに付いている大きめの矢印版を進行したい方向にあわせる。そうしておいて、分岐点でコンパスを北に合わせると進行方向をしめす矢印が自動的に指し示してくれるといった案配だ。小判型の島なので、時々、進行方向の矢印板を修正しておくと、めったに迷うことはない。 このコンパスのおかげで島の最西端、新桃里に向かう。海は青く、風は冷たい、街道にはコスモス、キンセンカが植えられ、心が和む。路肩にはモミが干されている。米であったり、麦であったり、粟であったりする。途中の街で買い求めた朝食のパンを街道添いの畑で朝日をあびながら食べたら、急に催してきて、慌てて大豆畑のなかの溶岩の窪みにしゃがみ込んでしまった。なぜか昨日、民俗村で見かけた黒豚がすぐ隣で待っているような気がして、島との一体感を一層深めたのだった。水月峰海岸に着く。荒磯の観光道路は海とほとんど同じレベルだ。真っ黒い溶岩の磯と白波が複雑な海岸線を形づくっている。指呼の間にある遮帰島は太陽に輝いている。節婦岩と呼ばれる岩肌の間からは台地からの水があちこちで流れだし、そのそれぞれに泉の名が付けられている。なかには竜の頭を模したものもある。この島の先祖はよほど竜が好きだったようだ。台地に戻ると青空のもと、ニンニク畑では農婦が寡黙に作業にいそしんでいた。太陽が上がり身体がようやく暖かくなってきた。しばらく周回道路を走り、また海岸に降りる。ピシッ、ピシッ、ピシッと風力発電の風車が風を切っている。青い海に白い風車のコントラストも美しい。風は西風から北風に変わる。金稜海水浴場(40km、10:20)でひと休み。海岸にはトルハルバンの巨大な石像が出迎えてくれた。島の至る所にこの守護神のオジイであるトルハルバンが立っている。なんともいえないユーモラスな雰囲気を醸し出している島のシンボルだ。海は青く、向いには飛揚島が浮かび、足元の白砂は粉のごとく細かい。夏は海水浴客で相当の賑わいとなるのだろう。

 道路は遂に北海岸に回り込んだ。いよいよ最終コースだ。道すがらの食堂で食ったタチウオの鍋(チンサカイチ)の味も忘れられないものとなった。脂の乗ったブツ切りのタチウオをカボチャ、ジャガイモ、葱といった野菜と一緒にさっと煮る料理で、これも漁師料理なのだろう。韓国独特の唐辛子味噌を加えてピリッするところが何ともいえない味を作っている。ステンレスの容器で出てくる飯の味は日本と同じで、このあたりも馴染みよい。飯のお代わりを頼もうと思ってステンレスの容器をさしあげたら、隣のテーブルで食べていた地元の男性客がうなずいて、ジャーのようななかから、すでに容器に入ったステンレスの容器を持ってきてくれた。外国人にたいする思いやりが嬉しい。飯はよそうものではなく、よそったままでジャーで保温しているのだった。時折、ボクらが走る頭上を着陸するジェット機の大きな機体が通過して行く。機の行く手には湾を隔ててハッキリと管制塔の小さな姿が見えだした。終着点まであと10キロほどとなった。この管制塔が道路のアップダウンで見えたり、隠れたりしながら徐々に大きくなって行く。ボクらは周回道路から脇道に入り、空港に近づく。空港の玄関に聳えるアラビヤ風の塔が見える。チャジョンゴで空港3階の出発ロビーまで直接上がった。チェジュ国際空港(73km、14:00)でボクらの島巡りは終わった。総走行距離は217kmとなった。出国審査でも係官から「ホテルはどこですか」と聞かれた。例の民宿の予約メモを提示したら、すんなりと通してくれたが、韓国では旅行会社を通さない旅行は、どうも一般的ではないようだ。天候に恵まれ、風光明媚で、そのうえ人情が厚いという、三拍子そろったチェジュに別れを告げた。(了)


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